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曹操は信頼できる(裏切らない)人物か見定めるため詩をつくらせて登用する人材を...

not********さん

2018/1/1714:42:34

曹操は信頼できる(裏切らない)人物か見定めるため詩をつくらせて登用する人材を選んだそうですが、実際のところ詩作能力で人間性とかを判断することができるものなのでしょうか。

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kor********さん

2018/1/1719:47:03

もちろん、武官でなく文官ですよね。

後の時代に始まった科挙においても、詩の良否を見ることは文才を計る重要な方法であったわけですから、曹操がそうしたとしても、合理的であったでしょうね。特に、三国時代の詩人として最も優れていたのは曹稙ですが、曹操も大詩人で「短歌行」は有名ですね。また、曹稙の文才を愛して、跡継ぎにさせようとしていたともされています。
よって、文才を測る手段として、詩を作らせたということでしょう。大詩人のことですから、その内容で信頼できるかどうかを判別できたということも十分考えられます。

質問した人からのコメント

2018/1/19 10:06:52

皆様いろいろな見解ありがとうございました。
選ぶ側である曹操には自分のような感性の持ち主が信頼できた、という見解が最も納得できたのでBAとさせていただきます。

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mir********さん

2018/1/1901:49:35

>実際のところ詩作能力で人間性とかを判断することができるものなのでしょうか。

判断できないこともないが、不確実でしょう。曹操でもこれだけでは間違うことが多々ありえる。

人材を得るとき、詩作を造らせそれで、裏切る人間かどうか判断したという、そのときの「人材」候補はどういう人なのか。文人が念頭されるが、実際は、武人や様々な人が吟味対象だったはずである。武人でも、文人でない人でも、曹操が直接に詩作を求めるような人材は、武人なら将軍か武将、一般人でも、才覚があると評判の人で、交渉などで成果をあげた人でしょう。

平の兵は、大体、農民を徴用して兵にするので、文字を書けない人が多かった。詩作などできる訳もない。しかし、武将とか一軍の指導者になれば、否応なく、文字を覚え、文章を書き、書物も読み、詩作も試みた人が多いでしょう。地方の盗賊の親分ぐらいなら、教養も無く、文字も分からなくとも通用したが、それ以上になろうとすると、文章の読み書きや、教養の書籍、儒学の書もあれば、軍略の書もある、こういったものも学んだと思える。そうでないと、もっと上に登れないし、敗北することになる。一般人でも似たようなことが言える。

三国時代は乱世で、曹操が求めていた人材というのは多種多様で、国家が安定してからの、平和な時代の官僚に相応しい人材を求めていたのではない(曹操は独立国を統治していたので、官僚も必要であったが、もっと広い、色々な人材を求めていた。まだ天下統一、征服の過程にあり、そのための人材が必要だった)。

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詩作で判断する人材候補というのは、どういう人なのか。まず、曹操自身直接に確かめた訳ではないが、世の情報では、戦闘で武功を挙げた、説客として成功した、役人として能吏だと評判である、学者として評価が高い、等々。それに加えて、その人物についての他人の評価や噂話などがある。これが第一のデータ。

第一のデータで、この人物を得たいと思わなければ、そもそも、曹操が、当該人物を吟味するなどということはない。あるいは、自分からやって来て、自己推薦した場合でも、何をしてきた人物かというデータはいる。

そして、曹操は、自分自身で人材候補の人物と直接に話をし、色々と聞きたいことなどを聞き、その答えや,答えるときの態度などを観察する。これが第二の曹操が実際に自分で確認したデータ。

こういった、第一、第二のデータがあって、その上で詩作を求めて、作品を吟味する。その場合、詩の出来具合はあまり関係が無いと思われる。

詩を見ると、まず教養のレベルが分かる。中国の詩というのは、長い伝統文化の上にあり、漢詩で意味がよく分からない場合、故事逸話や先行する詩作品を前提としている場合がある。また、断定的に詠むか、ゆるやかに詠むか、美意識や好みや心理の動きや、色々なことが読み取れる。

そこで、この詩から読み取れる、教養とか性格、心理のありよう、価値観などを、第一のデータ、第二のデータにある人物像と比較してみる。この比較で、大体、人物が分かる。特に、裏切るか裏切らないかは、野心のある人物で、上長への礼の意識がないような人物は信頼できない。野心豊かでも、分をわきまえている人物は、配下にすれば、大いに働いてくれて忠実な可能性が高い。野心がない人間でも、何か信念があって、信念が上長への礼に優越する場合、裏切る可能性がある。

つまり野心があるか、信念があるか、上長・主君に忠であるか、詩作に出ている、本人が意図的に偽ることのできない、本心の発出のようなものを、過去の行状や、実際に逢って話した印象、つまり、データ1,2と照合して全体的に判断する。

直接に逢って話をしていると、相手の勢いなどに感嘆したりして、冷静に判断できていない場合がある。詩作を読んで人物像を読み解きながら、冷静に吟味すると、裏切る人間かそうでないか、かなり的確に判断できたのでしょう。

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kum********さん

2018/1/1819:54:27

詩作等、言葉を紡ぐ場合に上辺だけの言葉を並べる、となるとそれは分かる人にはすぐに分かるのではないでしょうか。

芸術で言う魂がこもっていない、と言うような感じですかね。

月旦評とかでの人物評価に近いものがあるのではないでしょうか。
人物そのものを評価する一つの手段として、特に詩文は下手なウソがつけない分、その人の根底が見えてくる、のかもしれませんね。

私はそこら辺は門外漢なので、断言はできませぬ。

kan********さん

2018/1/1720:31:05

曹操が詩を政治に持ち出したからです。

この時代は名士が時代を動かしていました、名士とは儒教を基幹とした総合的な知識人です。
名士は自身の教養と名声を以ってして自らの政治綱領の現実を目指して群雄を助けていました。
群雄は名士を利用して民衆の実質的支配階級であった豪族の支持を得ていました。
つまり○○郡太守や○州刺史、○州牧といった官職を以ってしても支配層である豪族を支持を得ないと支配できない、ならば名声を持っている名士を配下にしていると豪族を支持を得て始めて支配が可能になります。
この構図は後漢で官吏選抜の基準となった郷挙里選が影響してます、教養を得るには生活が安定していないとできませんので官吏として選抜されるのは豪族かその子弟に限られ、豪族出身やら豪族の子弟が官吏として国家を形成するので豪族の支持を失うことなく国家を永続させることができる、といったロジックでした。
後漢の崩壊は宦官と外戚の争いが原因で黄巾の乱が止めを刺したと思われがちですが郷挙里選に宦官が介入したのが崩壊を早めたと思います。
そうした中で清流と云われた官僚は宦官を弾劾して反撃に遭って党錮の禁を引き起こすのは周知の事実ですね。
しかし名士は自分たちだけの世界を作っていました、これが名士のサロンみたいなものです。
名士はお互いに評価してあらゆる親交を結んでいました、これは出身地・学閥・師弟関係といった様々なつながりを持っていました。
曹操でさえも「治世の能臣、乱世の奸雄」(後漢書では「清平の奸賊、乱世の英雄」)と評価され名士の仲間入りしたのは有名です。

さて曹操が覇権を確実にしてからは配下の名士たちとの権力闘争に移ります。
そこで彼は文学に目をつけました、名士は儒教を重んじますが文才が開花した名士があまりいません、曹操はその先駆けで曹丕・曹植は実によき後継者で、建安七子はその担い手でした(孔融は失脚している)。
儒教を基幹とした官吏抜擢ではなく文学を基幹とした官吏抜擢にしたかったのではないでしょうか。
しかし、結果は変わらずで官吏登用は九品官人法が施行され郷挙里選とあまり変わりませんでした、むしろ強化されましたね。

te9********さん

2018/1/1719:42:19

出典はあんまり調べてませんが

詩作能力に優れているなら
教養人の自分と馬が合う、尊敬される
だろうと期待してたかもしれませんね。

dec********さん

2018/1/1717:29:57

詩と言うのは自分の表現ですからね。
その意味でその人の人間性を垣間見ることぐらいはできるでしょう。
ただし一面であってすべてではない。
その意味で、詩作で人を見定めようとするのは、たとえば企業が面接で人を見定めようとするのと同じ程度に愚かであり、言い方を変えれば同じ程度の賢さの選択と言えるかも知れません。

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