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フェブラリーステークスはなぜドバイへの叩き台とされているのですか?

kao********さん

2018/1/2723:56:44

フェブラリーステークスはなぜドバイへの叩き台とされているのですか?

ドバイ挑戦の歴史を教えてください!

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sen********さん

2018/1/2808:24:35

1996年に第1回ドバイワールドカップここに日本の元最強ダート馬の一頭ライブリマウントが挑んだ
結果は、6着でしたがよく頑張ったと高評価でしたただ相手がシガーという過去世界最強のダート馬だった

その翌年は、当時日本の過去最強ダート馬と言われたホクトベガ挑み勝つ可能性もあると話題になったが落馬で死んでしまう
そして、勝ったのはジャバンカップも勝った最強馬シングスピール

99年は、日本馬いないがドバイ調教馬初のドバイワールドカップをアルムタワケルが制した

2000年という新たな年にドバイミレニアムという快速馬の登場で大きな盛り上がりを見せたレース結果は、圧勝の6馬身差
また日本の ワールドクリークはまた6着だった

そして、日本のレジェンド武豊の素晴らしい芸術的なペースの逃げで、頑張ったが最後はアメリカの キャプテンスティーヴに差し切られた
また来年からgiになるドバイシーマクラシックでは、武豊騎乗の日本のイマイチのスーパースターステイゴールドが世界最強馬のファンタスティックライトとの叩き合いを制して当時日本馬で世界で一番有名な馬となった
なおドバイターフ(旧ドバイデューティフリーも来年からgiになる

ここから2010年まで日本馬はドバイワールドカップで惨めな
残念の結果が続く

だがドバイシーマクラシックでは、あのディープを有馬記念で倒したハーツクライが4馬身差の逃げ切りでディープに勝ったのは本物だったと証明した

また翌年ドバイターフでは、アドマイアヤムーンとダイワメジャーが1着と3着という素晴らしい結果を残すまたアドマイアヤムーンは結果的に最後の騎乗となった武豊だった

そして迎えた東北の地震の後だっただけにドバイワールドカップのワンツーを決めたレースには勇気を貰ったまたこの頃からデムーロは日本に転向する事を決めた
また藤田のトランセンドのナイスなスローペースをデムーロも上手く乗っての ヴィクトワールピサでした
でも一つだけ残念なのはダートではなくAWの開催だった

翌年も芝のエイシンフラッシュが6着と最先着した事からも運が良かったともいえるなお日本のトランセンドよりも強い日本期待のスマートファルコンは出遅れて惨敗した

その後ダートに戻ってからはいい所がない

一方の2014年にドバイターフでは、日本の ジャスタウェイが世界一のレコードと世界一の走りで、文字通り世界最強馬になった

またブエナビスタとジェンティルドンナが2着にはなったがなかなか勝ってなかったドバイクラシックも2014年昨年のジェンティルドンナが屈辱をはらす勝利だった

2年後の2016年は、日本のイマイチホースが天敵ドゥラメンテがポストポンドに敗れたがリアルスティールが見事ドバイターフを優勝した
その翌年も遅れきった日本の女王ヴィブロスが大方の予想を裏切り見事優勝した

  • sen********さん

    2018/1/2808:26:14

    フェブラリーステークスはなぜドバイへの叩き台とされているのですか?

    同じダートで数少ない日本のダートの中央giだからかな

    実際には他の組の活躍しているイメージがある

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iza********さん

2018/1/2812:47:22

フェブラリーからドバイワールドカップに挑戦したトゥザヴィクトリーが二着と好走したからじゃないですかね。

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