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「君の膵臓を食べたい」の感動ポイントが見つかりません。 小説を読みました。

boo********さん

2018/2/120:28:14

「君の膵臓を食べたい」の感動ポイントが見つかりません。

小説を読みました。

本の帯に「読後きっとこのタイトルに涙する」とあったので、最後章に何かあるのではと最後まで読み進めましたが、何の感動もないまま読了しました。キョトンという感じです。急いで漫画喫茶に行ってコミック上下巻を読みました。コミックでは、春樹が桜良に送ったメール文の最後「君の膵臓が食べたい」が赤文字になっており、多分ここが痛点(心にとっての)なのかなと想像はできました。

自分の読解力というか理解力が足りないためだと思います。これは皮肉で言っているのではありません。読書量はジャンルを問わずかなり多い方です。似たようなジャンルのいわゆる「セカチュー」は小説、映画ともに感動しました。ストーリーがわかりやすかったからかもしれませんが。

春樹、桜良がお互いに惹かれ、入れ替わりたいくらい尊重し合う仲で、それぞれが偶然にも「爪の垢を煎じて飲みたい」と思う、というところは理解できます。それぞれが偶然にも同じことを考えていた、という点も感動の要素だと思いますが、それは些細な要素、この際置いておくとします。
しかし、「爪の垢を煎じて飲みたい」のさらに強い表現として、「君の膵臓を食べたい」に置きかえるところが全く理解できません。「どうして膵臓を食べるんだろう?」というのが素直な感想です。強引とか飛躍しているというレベルではなく、なにか全く別の言葉に置きかわっているような気がします。ひとつには「爪の垢を煎じて飲む」という例えに対して、直喩でも暗喩でもない普通のフレーズが突然出てきたことにも違和感を感じたのだと思います。

まず、ことわざの意味を「人格者の爪の垢を良薬として煎じてのみ、少しでもその人に近づきたい」と大まかに理解しています。膵臓を食べ合ったところでお互いの性格に近づける訳でもなく、そのまま相手に成り代わることができるわけでもありません。ましてや序章で、自分の悪いところと動物の同じところをたべるとその病が治る云々、というフリがありました。春樹が桜良の病んだ膵臓を食べても意味が無いです。病巣を食べて病気を治してあげたい、というのであれば「爪の垢を煎じて飲む」ということと話の内容が違ってきます。後半の遺書で同じことを桜良も書き記しますが、同様に意味不明です。春樹を動物としてみて、桜良が春樹の膵臓を食べたいというのなら理解できます(自分の病気を治したいだけ、というひどい話になりますが)。

本書のタイトルでもあり、冒頭に出てくるインパクトあるフレーズと結びつけ、別の意味を持たせたかったのかもしれませんが、別の意味(膵臓を食べて君になりたい?)にはなっていないような気がします。
昔から、例えば芥川龍之介の恋文「ボクは文ちゃんがお菓子なら頭から食べてしまひたい位可愛い」(赤坂憲雄「性食考」)に見られるように、恋愛の対象を「食べちゃいたいほど可愛い」と思うことはあるでしょう。実際に食べてしまう人もたまにいます。愛の究極の形がカニバリズムだという考えもアリといえばアリでしょう(理解はできませんが)。ただ、この2人はある程度の好意はあるものの、恋愛対象にはなっていません。余命わずかであることからそれを桜良が拒否したのでしょう。これは理解できます(ここも痛点か?)。

そのほかにも最後で桜良のことを「彼」と言い間違えたり、名前のところがすみ付き括弧になって【】内が変わっていったり、最後の章は必要なのか、通り魔に刺されて死んでしまう、等々いくつも疑問がありましたが、ググった結果、それらのほとんどは解決しました(すべてYahoo!知恵袋です)。

そこであえて質問です。「君の膵臓を食べたい」の感動ポイントを教えてください。もしくは「爪の垢を煎じて飲みたい」の強い表現としての「君の膵臓を食べたい」。これが妥当なのかどうか?

こういう質問をすると「理屈じゃないんだよ」「人それぞれでいいんじゃない」「感性がおかしい」というような回答が寄せられるでしょう。しかし本当に「わからない」んです。小説とコミックを読んでまさしく【?????】の状態です。なんとかモヤモヤした気持ちをすっきりと晴らしたいんです。心底、膝を打つような回答を聞きたいと願っています。
それとも映画を見れば全ては解決するのでしょうか?アニメ化もされるようですのでそちらを見れば解決するのでしょうか?よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

tok********さん

2018/2/122:50:23

小説は未読です。
まずマンガを読み、最近DVDで映画を観ました。

春樹の「君の膵臓が食べたい」の言葉は、病気を治すための願掛けではなく、桜良が言った「臓器を食べてもらえば、その人の中で生き続けることができる」(うろ覚えですが笑)に起因していると解釈しています。

マンガを読んだのが数ヶ月前で、内容もあまり記憶していない(それほど面白いと思えなかった)ため、マンガと映画にどれだけの差異があるのかはハッキリしませんが、少なくとも映画を視聴したときには、ストーリーに矛盾や欠落している部分はなかったように思います。

さて、本題の感動ポイントですが、私の場合映画の中で春樹が桜良の母を訪ね、闘病文庫を読み終えた後の号泣シーンで落涙しました。
私なりに考察してみると、まず桜良役の浜辺美波がとてもかわいかったことによる喪失感(こんなかわいい子が死んでしまうなんて!)に加え、それまで表情や感情表現に乏しかった北村匠海の慟哭っぷりに心を打たれたのかな、という結論に至りました。
まだ残されていたであろう桜良の時間、とりわけ春樹との逃避行においてさらに愛を深め、手を取りあっての大円団ともいうべき最期を迎えるはずだったかけがえのない時間が不条理奪われたことによる虚無感も、感動を後押ししているのかもしれません。

原作のキャッチフレーズ「読後きっとこのタイトルに涙する」は、「ラスト、きっとこのタイトルに涙する」と映画でもほぼ同様のものとなっており、制作側は春樹が送った「君の膵臓が食べたい」のメールがこの作品のキモだと考えているようですね。
友人や恋人などの関わり合いを必要としなかった春樹が、他人の臓器を食してまで一体化したいと思えるような人との出会い、それこそが制作側が用意した感動ポイントなのかもしれません。

曖昧な記憶と稚拙な考察で非常に偏った見方かもしれませんが、個人的にはそんな感想を抱きました。

  • 質問者

    boo********さん

    2018/2/611:23:16

    ありがとうございました。

    ということは、「君の膵臓を食べたい」という言葉の持つ意味が、
    ・自分の悪いところと動物などの同じところをたべるとその病が治る
    ・臓器を食べてもらえば、その人の中で生き続けることができる
    ・「爪の垢を煎じて飲む」の強い表現
    の3つあることになります。さらに混乱してきました。

    映画を見れば素直に感動できるかもしれませんね。

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