ここから本文です

西郷隆盛とジョン万次郎って、面識があったんですか?

sat********さん

2018/2/1123:20:58

西郷隆盛とジョン万次郎って、面識があったんですか?

閲覧数:
2,841
回答数:
5

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

ban********さん

2018/2/1615:24:53

大河ドラマの主人公には「開催国特権」があります。
つまり、予選なしで、すべての競技に出場できるのです。
もとい。
主人公はすべての歴史的事件に首を突っ込み、すべての有名人と出会うことになっています。それが大河の仕組みです。物理的に絶対にありえない、と言い切れない限り、その時代の有名人は万障繰り合わせて主人公に会わせるのが、大河ドラマのルール、レギュレーションです。

ジョン万次郎がこの時期、薩摩にいたのは確かです。まず比較的警備のゆるい琉球に上陸し、そこで薩摩藩に捕らえられ、鹿児島に護送され、尋問を受け、斉彬と面会して海外事情を語っています。
つまり、ジョン万次郎が「すぐそこにいた」というのは歴史的に確かな事実ですから、これは会わさないというテはない。林真理子でなくても中園ミホでなくても、NHK大河なら、必ず会わせるでしょう。
大河「ドラマ」ですから、そういうものです。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

「ジョン万次郎」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ken********さん

編集あり2018/2/1612:45:47

慶応2年10月15日〜26日の西郷上京の折、二人はニアミスしています。

10月15日、小松帯刀、西郷隆盛らが京都へ向かうため鹿児島を出発。
このころ土佐藩は開成館設立にあたり、後藤象二郎と中濱萬次郎(ジョン万次郎)が藩命で長崎へ来ています。小松、西郷の乗った薩摩藩船・三邦丸は途中長崎に入港。その際の17日、万次郎が三邦丸に小松帯刀を訪ねていることが史料から確認できます。
小松が西郷らと共に京都に到着したのは26日です。

その時の様子を、同行した開成館下代の池道之助が日記に書いていて、

「十月十七日 今宵薩州の三国丸へ中濱行くにつき 私 興惣次の三人行く この船に小松と申す御家老 人数四百人召連れ京都へ行けるよし 京都はこの節浪人者又又おこりし趣故行ける由 この小松と申す人は薩州の国の政治何事もこの人次第の由 中濱氏この人に会い 土州の御用済み次第にひとまず江戸へ参りたい御相談いたし 聞き届けに相成る 五つころに帰り 薩州の御屋敷へ立寄り帰る」

面識があった可能性は十分あると思います。

rir********さん

2018/2/1219:27:29

作り話。
林真理子原作だから何でもあり。
大河ドラマは史実ではないから。

kan********さん

2018/2/1219:23:23

実際はないでしょう。

doc********さん

2018/2/1123:24:58

直接の資料はないようです。
ただ、土佐出身のジョン万次郎ですが、帰国後は薩摩(島津斉彬の時代)との関係も深いので、二人が会っていた可能性は否定できません。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる