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手話というものは、歴史がそう長くはないと思いますが、なぜ、外国語の手話を取り...

nut********さん

2018/2/1308:07:36

手話というものは、歴史がそう長くはないと思いますが、なぜ、外国語の手話を取り込んで国際手話もしくは英語圏でも通じる手話にしようとしなかったのでしょうか

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ベストアンサーに選ばれた回答

rag********さん

2018/2/1402:48:16

よくわからんけど、日本手話と日本語対応手話は違いますよね。
文法的にみても日本語と異なる日本手話は、ろう者が集められたことで自然発生的に形成されたんでないの?
だったら居もしない外国の手話を取り込むなんてことにはならなくない?
それに日本で手話が誕生したときには、世界の手話もばらばらで共通に使える国際手話はないし、英語が世界で共通語のようになったのはもっと後のことでしょ。

  • 質問者

    nut********さん

    2018/2/1723:40:59

    なるほど、自然発生的な要素が強いんですね
    もっと人工的なものと思ってました

返信を取り消しますが
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rur********さん

2018/2/1402:11:00

手話を使うろう者です。明治に入ると、古河 太四郎を始め聾教育を受けさせようとする動きが生まれ、隠そうとする家族への説得も始まります。そうして聾者が出会う機会が訪れます。手話の誕生です。手話禁止されていた時代(しだいに聾学校では、手話で教育する方式と、口話法という、聾児に発音を教え、相手の口の形を読み取らせる教育方式の2つの流派に分かれていった。両者は長い間論争し、対立していた。

1880年ミラノで開かれた国際聾唖教育会議で口話法の優位性が宣言され、手話法や手話は陰の立場に追いやられていった。口話法が採られた背景には、国家強化には言語の統一から、教育の場では音声言語獲得からという思想があった。この宣言は、やがて日本にも入ってきて、日本も口話法が主流になっていった。

この状態が長く続き、手話は教育の場で、そして社会で認められない、偏見を持たれる言語となった。しかし、手話は、聾学校内では教師の見ていないところで先輩から後輩へ伝承されていった。社会内ではろう者が集まる場でひそかに使われていた。)

手話の再評価と現状
1960年にギャローデット大学の言語学者、ウィリアム・ストーキー(William Stokoe)は『手話の構造』を発表した。手話は劣った言語ではなく、音声言語と変わらない、独自の文法を持つ独立言語であるという内容だった。これをきっかけにして1970年代以降、手話を言語学としての研究対象とする学者が増えた。この時期に自然発生したニカラグア手話は「最も新しく発生した言語」と評価されている。現在では、言語学者の間で「手話が言語である」というのは常識になっている。

同時期に、当時の聴覚補償技術の限界もあり、口話法での教育の行き詰まりも各地で報告されるようになっていた。また、北欧で発生していったバイリンガルろう教育が刺激となり、手話法の見直しがなされた。現在の教育機関では程度はあれど、手話法を取り入れるところが増えている(日本聾話学校のように口話法のところもあるが、多くは口話法とも手話法とも決められない)。

アメリカで提唱されたろう文化(Deaf Culture)という考えがきっかけとなり、手話はろう者の言語であるということをろう者自身が認識していくようになった。一方で同じ聴覚障害者である難聴者や中途失聴者も次第に手話を使用するようになるが、ろう者の側からは「対応手話は手話ではない」といった偏見が生まれている。

日本では1995年、日本テレビ系列で放映されたテレビドラマ『星の金貨』がきっかけとなって、手話の存在が広く知られるようになった。これ以降、「君の手がささやいている」「愛していると言ってくれ」「オレンジデイズ」など、手話話者が登場するドラマ(手話ドラマ)が増えていった。

東京ディズニーシーでは、ショーの中にパフォーマンスの形で手話を取り入れることがあり、ミッキーマウスやディズニーの仲間たちが歌詞に合わせて手話を披露することもある。

oaf********さん

2018/2/1321:56:40

1500年代にスペインのレオンからろう教育が始まったとされていますが、日本では明治です。そして福沢諭吉の西洋事情?によって欧州のろう教育が紹介されました。しかし、ご存じのとおり日露、日清、、など日本は戦争真っただ中。ただでさえ歴史が浅いのに、欧米の教育を、しかもろう者(兵役免除)にするなんてなかった時代。
つまり、これまではそんな時間がなかったというのが理由です。

oaf********さん

2018/2/1321:49:05

1500年代にスペインのレオンからろう教育が始まったとされていますが、日本では明治です。そして福沢諭吉の西洋事情?によって欧州のろう教育が紹介されました。しかし、ご存じのとおり日露、日清、、など日本は戦争真っただ中。ただでさえ歴史が浅いのに、欧米の教育を、しかもろう者(兵役免除)にするなんてなかった時代。
つまり、これまではそんな時間がなかったというのが理由です。

oef********さん

2018/2/1321:39:32

1500年代にスペインのレオンからろう教育が始まったとされていますが、日本では明治です。そして福沢諭吉の西洋事情?によって欧州のろう教育が紹介されました。しかし、ご存じのとおり日露、日清、、など日本は戦争真っただ中。ただでさえ歴史が浅いのに、欧米の教育を、しかもろう者(兵役免除)にするなんてなかった時代。
つまり、これまではそんな時間がなかったというのが理由です。

dan********さん

編集あり2018/2/1318:22:18

私が手話サークルなどで得た知識は、
日本人は長く仏教思想の元で生活してきました。因と縁の世界観です。癩病などと同じく、聾の子が生まれると、それは前世で、あるいは先祖の悪業の報い、周りからそう判断されました。そのため、どうしても、家の中深く、その子どもを隠すようになりました。手話が生まれるためには、複数の聾者が出会わなければなりません。因縁思想の元では、聾者の出会いはなく、当然手話も生まれません。
明治に入ると、古河 太四郎を始め聾教育を受けさせようとする動きが生まれ、隠そうとする家族への説得も始まります。そうして聾者が出会う機会が訪れます。手話の誕生です。
当時は、一般人にはまだ英語教育は満足には行われていません。当然、周囲が使う日本語を理解させようとしますよ。

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