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立川談志がああいう人でなければ柳家小さんを襲名していましたか? けどそれで...

yos********さん

2018/3/1301:11:09

立川談志がああいう人でなければ柳家小さんを襲名していましたか?

けどそれでもやはり柳家小三治が小さんを継ぐ有力候補でしたか?

最終的にどちらも襲名しませんでしたけど

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nar********さん

2018/3/1518:14:00

もちろん小さん師匠が鬼籍にはいられてるので、想像または妄想しかできませんが。
談志師匠が真打昇進の時、小三治が欲しいと言ったら、小さん師匠が、つばめという名前を用意していると言われて、その時点で小三治は自分が小さんになる前の名前で後継者に付けるつもりだったと思われます。
しかし6代目小さんは長男の三語楼にゆずりました。
いわゆる世襲です。
本来ならば、力から言って小三治師匠が小さんを継ぐのが一番良かったように思います。
談志師匠はおそらく、落語協会に残っていても小さんにはなれなかったと思います。
同じ時代に天才の志ん朝師匠がいたことが談志師匠の躓きの始まりだったのではないでしょうか。
途中の三遊亭圓生の離脱問題も、そのままでは香盤の順番がいつまでたっても志ん朝師匠の後になると思って出たものの、志ん朝師匠も出て、香盤が変わらくなるとわかった時点で戻るとか、とにかく意識していました。
そのあと志ん朝師匠も戻って、副会長になります。
そのこともそうでしょうが、適当に真打を昇進させていると感じた談志師匠は、そこにルールを設けるべきだと主張、受けいられなかったために離脱しました。
唯一勝ったのは志ん朝師匠よりも長生きしたことでしょうか、志ん朝師匠の気持ちは聞いたことありませんが、また志ん朝師匠も意識していたのではないか。

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ksy********さん

2018/3/1601:05:27

実は 小さんは 8代目の林家正蔵が襲名する筈だったのです
当時 三遊亭円楽を名乗ってましたが いろいろあって
小三治が襲名してしまったために
元々 三遊亭の名跡だった林家正蔵を
6代目の遺族から借り受けて襲名したのです

sug********さん

2018/3/1319:46:51

立川流の旗揚げがなければ、
小さん襲名の可能性はあったと思います。

wag********さん

2018/3/1315:26:31

息子が落語家ですから、小さんを継ぐ有力候補は息子だったでしょう。

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