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諸葛亮についてですが、諸葛亮はあくまで政治家で、戦争は素人とのことですが、実...

chi********さん

2018/3/1821:12:31

諸葛亮についてですが、諸葛亮はあくまで政治家で、戦争は素人とのことですが、実際自分達の10倍近くの国力の国相手に北伐を行なっていて、結構いい勝負をしています。実際はかなりの名将だったのではないでしょうか

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ste********さん

2018/3/1900:36:06

諸葛亮の場合、歴史小説の『三国志演義』によってつくられたイメージが
強烈なため、史実の諸葛亮との間にかなりのギャップが生じています。
小説のなかでの諸葛亮は、神算鬼謀の軍師であり、魔法をもあやつる
人智を超越したキャラクターになっています。
(なのに物語上では勝者にはなれないわけです)

物語と史実とのギャップは、大河ドラマなどでもよくみられる現象です。

しかし、歴史書の(つまり正史)『三国志』に記録された諸葛亮は、
物語のよう戦場で魔法を使ったりしません。
歴史書からうかがえる軍司令官としての諸葛亮は、
戦略・戦術ともに手堅い・堅実といった感じになります。

>諸葛亮はあくまで政治家で、戦争は素人

歴史書の『三国志』には、著者である陳寿の感想が
各人物の列伝の最後に付け加えられています。
陳寿は、政治家・行政官としての諸葛亮はべた誉めしていますが、
最後に将軍としての諸葛亮に一言物申しています。

原文だとこうです。

【連年動衆、未能成功、蓋應變將略、非其所長歟】

連年、軍を動かして、成功しなかったのは、
臨機応変の将略(軍略)が得意分野では無かったからではなかろうか、
というような意味です。

この話をもとに、諸葛亮は将軍としての才能が無いというふうに
誤解してしまう人が多いようです。
陳寿の評価は、「應變(応変)」が苦手だったということで、
将軍としての才能を全否定しているわけでは無いということです。
戦場における臨機応変の才能とは、
『孫子(の兵法)』の言うところの、「兵は詭道なり」ということでしょう。

将軍としての諸葛亮は、リスクの少ない着実な戦略を実行するタイプ
だったように思えます。
堅実ですが、相手からは意外性が無く、行動の読みやすい将軍だったようにも
思えます。
歴史上の名将と呼ばれる人は、たいていハイリスク・ハイリターンな
戦略・戦術を躊躇なく実行しています。

諸葛亮の戦略は、ほとんどがローリスク・ローリターンなものでした。
ですから、大勝しないが、負けもしないという手堅いものでした。

個人的には、諸葛亮を名将とは考えませんが、
かといって無能な将軍とも思いません。

>諸葛亮はあくまで政治家で、戦争は素人

諸葛亮は文官だから、戦争は苦手と思っている人もよく見かけます。
しかし、これも実は違います。
中国では、文官と武官は区別されるものではありません。
たいていの官僚はどちらの官職も経験するものでした。
諸葛亮のような文人(文官でなく)タイプの人物が
将軍職に就くということもよくあることでした。

例えば、官僚になり立てのころの曹操も、
文官職と武官職を交互に経験していました。

諸葛亮の得意分野は軍事面より、法家思想を武器とした
政治家だったのは間違いないでしょう。

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kum********さん

2018/3/2014:51:47

実際にどこまで差があったのか、は何とも言えないですね。

例えば魏は確かに国土は広大ですが、その分、他の勢力と接触している部分も多いため、そちらにも兵を割かないといけません。

仮に10倍近い国力差があったとしても、魏は荊州方面、揚州方面、北方異民族方面、関中方面と中央軍を含めると大きく五方面それぞれに兵を割り当てないといけません。その他、細かく各州にも兵を配置させることを考えると、魏の方が優位ではあってもその差が2倍以上になることはないでしょう。

蜀は南方の異民族はそこまで強力ではありませんし、むしろそこから兵員を補充できている、呉との境界線は同盟を結んでいる関係から、そこまで兵を駐屯させていないので、兵力の大部分を北伐に動員することができます。

そう言う意味で国力の差ほど戦場での兵力に差は生じない、と見るべきですね。逆に、国力の差がそのまま戦場での兵力差に直結するような状況なら、さすがに北伐をする方が愚策だとなりますし、もし仮にそんな戦力差で攻めてきているなら、さすがに司馬懿とかは引篭ったりはしないでしょうね。

司馬懿は諸葛亮に対して、彼の陣立てを見て「天下の奇才」と評しています。その一方で弟への手紙で「謀多くて決しない(謀は多いが、決断するのが遅い)」と両面からの評価を行っていますが、これが結構当たっているように思いますね。

軍の統率等、秩序立てる部分は法整備とかを含めて諸葛亮の得意分野だと思うのです。ただ、曹操のように小が大を食うような、戦機を見極められるような人物ではなく、軍人とは違う面になるのだと思いますね。

冴子さん

2018/3/2004:01:49

戦争は戦略と戦術の2つに大きく分けられます
名将と言うなら戦略もしくは戦術での活躍が必要です
戦略の活躍は残念ながら目には見えにくいものですので戦争目的の達成の可否でしか判断できないでしょう
戦術の活躍は局地戦での活躍となります 敵の将を討ち取る 数倍の敵と互角に戦う、もしくは撃ち破る、など戦術面での活躍には色々な指標があります(これは人によって何を重視するのか違います)

では本題ですが孔明は名将なのでしょうか??
孔明が指揮をとるのは北伐ですので北伐の活躍が名将かどうかを決める指標になります
戦略では魏を滅ぼすという目的に失敗しています(魏に攻撃することで蜀への攻撃を防ぐという目的もあったといいますが結局曹真が蜀に攻めてきていますからこれも失敗しています)
一方戦術面ではほとんど魏延や王平などの部下に任せているので正直評価のしようがないです
以上のことから孔明は名将ではありません
しかし戦術面での活躍がなかろうと戦略面での勝利がなかろうと孔明が曹真や司馬懿といった名将、それも質問者様のおっしゃるとおり圧倒的な国力をもつ魏と渡り合ったことを考えると彼が愚将とは考えられません
少なくとも政治家でありながら軍を率いた実績もあまりないのによくあれだけ戦えたなと私は感心してしまいます 下の方がおっしゃるとおり彼は良将と言っていいのではないでしょうか

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sna********さん

2018/3/1913:50:49

10倍って事はないです、魏は蜀の6〜7倍の国力との説が有力で、蜀より呉の方を警戒してましたから蜀方面にさける兵力は半分以下でしょうし、諸葛亮の北伐は蜀から攻め込む事により魏の兵を守りの為に分散させる効果もありましたから、戦場で極端な数的不利な状況ではありません、まあ、戦術的に魏の名将の司馬懿と渡り合っていますので、戦争の素人って事はないです、名将とはいかなくとも良将だと思います

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2018/3/1822:01:41

>諸葛亮はあくまで政治家で、戦争は素人

前半はその通りですが、後半の戦争は素人、というのはどうなんでしょう。
カエサルもナポレオンも織田信長も東郷平八郎も、初めはみんなずぶの素人です。
諸葛亮も、百戦錬磨、とまではいかないでしょうが、劉備が入蜀で手こずってからは援軍として従軍していますし、死ぬ前には、百戦錬磨とまではいきませんが、熟練の域に達していたはずです。

名将と言えるか、というと、厳しい面もあると思いますけれど、私は諸葛亮の手腕は良い方に入ると思ってます。
そもそも、春秋時代には、大規模な軍の統率は、その国の正卿(家臣のトップ、宰相級)が行うことが多く、その点、時代は違えど、曹操や諸葛亮はその伝統に則っています。
春秋の正卿たちは、それこそすぶの素人としか思えない人が普通に軍を指揮して戦っています。素人か玄人かと、指揮の優劣は必ずしも比例しません。もちろん、身体能力や武芸の手腕と、指揮官としての優劣にもあまり関連はありません。

ina********さん

2018/3/1821:33:31

部下の手柄を自分の手柄にしていただけだと思います。

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