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日蓮正宗信者の方に質問しますよ。 1.門外漢が日蓮正宗の曼荼羅本尊を拝んでも、...

日蓮正宗信者の方に質問しますよ。
1.門外漢が日蓮正宗の曼荼羅本尊を拝んでも、血脈がないから何の利益がないのですよね?

2.他門や日蓮正宗離檀者が所有している日蓮正宗本尊も血脈がないから拝んでも何の利益もないのですよね?

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ベストアンサーに選ばれた回答

ご受戒によって「信心の血脈」を得なきゃダメなんでしょう、多分

正宗を抜けたら開眼された法力は消え、ただの布になるのだと思いますよ

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sab********さん

2018/3/2921:07:55

日蓮正宗の信者の者ではないです。

1.
日蓮大聖人が大法を余すことなく日興上人お一人に相承され、さらに日目上人、日道上人以来の歴代上人を経て、当代日顕上人へと伝えられていることを「唯授一人の血脈」とする。
また、唯授一人の血脈を信順することを前提として、日蓮正宗の御本尊を無二に信ずるところに流れ通うものを「信心の血脈」とする。
「唯授一人の血脈」 を信ずるうえで御本尊を拝することが大切であり、ゆえにこれが無い場合は日蓮正宗の曼荼羅本尊を拝んでも法力は無い。

2.
本門戒壇の大御本尊について。
「本門戒壇の大御本尊」は、根本となる究極の御本尊であり、「各家庭の御本尊」 は、御本仏日蓮大聖人より日興上人、日目上人へと、大聖人の御内証の法体を唯授一人血脈相伝される歴代上人が、本門戒壇の大御本尊の御内証を書写して下付される御本尊。
代々の御法主上人に伝えられる血脈相承によって、 はじめて本門戒壇の大御本尊の法魂・極意が書写される。
したがって血脈相伝の教えに信順し、本門戒壇の大御本尊を信ずる一念をもって拝むならば、書写された御本尊もその功徳に変わりはない。


ということです。
あくまで「唯授一人の血脈」が大前提。
これを無くして(信ぜずして)功徳も何もない。
さて、アナタは如何感じますでしょうか?
日蓮宗の立場としての反論を期待します。

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