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安倍政権になってから民主主義が揺らいでいるように感じます。

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ID非公開さん

2018/4/723:18:55

安倍政権になってから民主主義が揺らいでいるように感じます。

例えば
・マスコミに対する報道圧力

・共謀罪で恣意的な解釈により一般の人を取り締まる危険性がある。テロ対策と説明されているが明らかにおかしなところがある。

・教育介入(前川さんを招いた中学に文科省が介入して
自民党議員が文科省に圧力をかけていた
福島第一原発事故の写真「使ってほしくない」 高校の講演資料に修正要求 - Yahoo!ニュース headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-… @YahooNewsTopics
道徳の教科化

・特定秘密保護法により情報隠し

・公文書改ざんや日報問題など相次ぐ杜撰な文書管理
隠滅

・総理や大臣、官僚のいい加減な答弁
虚偽答弁

・原発に関する情報隠し

・森友加計事件

・戦争賛美、戦前回帰思想が自民党議員に多い

・強行採決が多い

・野党の質疑時間の削減

・軍事介入(軍事輸出など)

・デモの警備体制の厳格化

・日本会議や統一教会などカルト団体との関わり

・重要な法案を採決したことを隠そうと必死になる

など

本当に安倍政権になってから民主主義は揺らいでいますか?揺らいでいたとしたら上記以外の理由でなぜ安倍政権で民主主義が揺らいでいるのか?教えてください

この質問は、gin********さんに回答をリクエストしました。

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gin********さん

リクエストマッチ

2018/4/802:03:53

日本の民主主義が揺らいだというより、日本の民主主義の構造的欠陥が表面化したという方が正しいのではないだろうか。長くなるが、日韓の歴史を比較しながら見ると面白い。

①日本は戦後にアメリカの逆コース方針により、民主化促進よりは日本の早期自立と資本主義陣営側への取り込みおよび再軍備化が優先された。ここにおいて、日本の政治指導層に戦前の政治指導者が次々返り咲いた。特に旧南満州鉄道系の人々が復活して、社会主義や戦前の要素を排除しようとする人々を排除しようとした。
日教組を敵視して衝突したのは戦前の日本的要素をめぐる凄絶な戦いの始まりでもあった。(無論、日教組側の主張が全面的に正しいわけでもなく、日教組側も社会主義化の側面や過度な要求をした側面もなくはない)

②その後も吉田茂の「バカヤロー発言」や岸信介の1960年代安保問題で国会議事堂内で与野党はもみあい、民衆デモは鎮圧して安保法改正は成された。1960年に朴正煕が軍事クーデターを起こし民衆を抑圧して独裁政権を確立した。日韓ともに強権政治の時代であり、1965年に日韓基本条約に見られるように、アメリカ側の陣営に立って経済成長優先するところは同じであった。ただし、日本と韓国に決定的な違いがみられたのが、日本は安保法改正が終わると今までの騒動が嘘だったかのように静かになり岸信介退陣と1964年の東京五輪もあって、強権的な政治の行使に対する怒りを経済繁栄の裏で忘却した。一方で韓国はこの後も日本ほどの経済成長が果たせなかったこともあり、民衆は政治に対する怒りを忘れず、その後もたびたび対立した。

③1970年代から80年代も日本は根本的には同じで経済繁栄と、佐藤栄作首相の密約問題、田中角栄首相のロッキード事件などが発生しても巧みな自民党内政権交代で日本人の怒りが沸騰する前に沈静化させることに成功した。(田中角栄は「今太閤」として総理就任時から人気があり、田中角栄のロッキード事件が起きると「クリーン三木」と呼ばれた三木武夫が「つなぎ」の首相として入った。)
一方で韓国は政府と民間の対立は激しくなり、1979年に朴正煕が軍事クーデターで倒れ、その後の全斗煥政権も強権体制を敷いた。

④日本では1982年から1988年まで長期の中曽根康弘政権が誕生し、アメリカのレーガンと「ロン=ヤス」関係を友好関係を見せたが、アメリカが経済危機を迎え、日本も1980年代後半からバブル経済が崩壊して政治的危機を迎えた。この辺りから経済的繁栄が得られなくなり日本人庶民に自民党政権に対する不信任が表面化してきた。
一方で韓国は遂に1987年に民主化要求デモで全斗煥政権を倒して民主化に成功、中国と北朝鮮と関係回復をすることで安定し、国連加盟やソウルオリンピックの成功を果たし、アジアNIESの一国として繁栄した。

⑤1990年代、日本は爆発的に膨張する財政赤字およびリストラや新規雇用の抑制などで庶民は苦しむが1992年の経常収支は黒字を記録して経済格差の広がりが認められた。(冷戦終結にともない対東欧・中国貿易は増加など)。ところが庶民の怒りが遂に細川護熙連立内閣を発足させるが肝心かなめの「政治資金規正法」・「公職選挙法」を巡り細川連立政党は内部分裂し崩壊、村山富市政権となると1995年に阪神淡路大震災とオウムサリン事件が発生し、助け合いムードに移行した。その間にクリントン政権のアメリカがいびつとはいえ経済回復に成功し、それにつられて日本も経済回復を果たした。
一方で韓国は平和と成長もつかの間、1997年のアジア通貨危機と北朝鮮との関係悪化と政治家のスキャンダルが横行し、企業の財閥化と学歴競争の方が最優先課題となってしまった。

⑥2000年代、日本は格差を残したまま経済回復を果たし民衆人気の高い小泉純一郎政権が発足し、その中で竹中平蔵氏らが雇用規制緩和や民営化政策を実施したが、これが第一次安倍政権時に格差に雇用問題や消えた年金問題、汚職に伴う農水大臣自殺問題で自民党支持が急落していった。
一方で韓国もアジア通貨危機で経済成長は腰折れとなり、サムスンなどの財閥組とそれ以外で「勝ち組・負け組」が発生し、混乱する民意政争で発生、李明博政権は日本に対する従軍慰安婦問題と竹島問題を提起して国内の不満を対外的なものに逸らした。

⑦日本では2009年に民主党政権に政権交替が起きたが、再び政治改革の中身で鳩山連立政党は内部分裂を起こし崩壊、その後はリーマン=ショックや東日本大震災、中国の尖閣諸島問題と未曾有の大危機に陥り民衆側も大混乱に陥った。さらに民主党政権が白川日銀総裁と緊縮財政政策を取ったことで、国内企業・金融機関は猛反発し民主党政権は増税の約束を取り付けることが精いっぱいで第二次安倍内閣へ移行した。そしてアベノミクスという積極財政で一定の経済回復を果たして現在に至る。
韓国では歴代政権と側近・財閥との癒着に民衆が激怒して李明博政権・朴槿恵政権を妥当して今に至る。

繰り返しいうが、長くて申し訳ない。
日本人は民主化する前に必ず経済回復を果たし、自民党も政略と言えばそれまでだが民衆の支持がさがりきる前に首のすげ替えを行い55年体制を維持してきた。そして自民党が危機に陥るのは必ずカネにまるわる問題で首のすげ替えが上手くいかなくなりジリ貧になったときである。しかし、小沢一郎氏が細川護熙・鳩山一郎と決してリーダーシップの優れない人物を持ってきたのはなぜかというと、日本人受けする政治家とは地道な政治活動をした人物ではなく「上品なおぼっちゃまで綺麗ごとしかいわない人物」だからである。だから必ず日本の野党は政権奪取後に政治改革を巡り分裂する。菅直人は多方面から叩かれた。野田佳彦は増税という意地を見せて終わった。立憲民主党の枝野さんは力量はともかく黒い噂があるので、政権交代の顔になるには国民的人気が今一歩である。

長い経済的繁栄の裏で、ある意味日本人は民主化を果たす機会も、そもそも民主化とは何であり、どのように維持するのかも学習することが出来なかった。これが現在にいたる歴史である。やる事と言えば選挙があって、その選挙の結果に従うだけ、いやそもそも選挙に行かない人もいる。
今がある意味、本当の民主化の争いの始まりである。都市はキレイでも人民の心が焼け野原になった時に、表面的には醜くとも民主化への道が始まると思う。キレイな体裁のまま民主化はできない。

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