ここから本文です

天皇制反対の人や天皇制度不要論の人たちに質問です。 そうなったキッカケを教...

mad********さん

2018/4/918:29:30

天皇制反対の人や天皇制度不要論の人たちに質問です。

そうなったキッカケを教えてください。

閲覧数:
255
回答数:
7
お礼:
250枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

kim********さん

2018/4/1209:54:42

ほ~~、GHQの洗脳が未だ解けてない方が多いのですね

私は「天皇制存続論者」ですが

総じて日教組や共産党、旧社会党の「刷り込み」そのまんま・・・


あ・の・ね・え、先述しましたが、左翼がインテリだったのは

60年位も前で、今じゃ「単なる左巻き」と呼ばれます


天皇の戦争責任とか、戦後の豪奢な食事の当て推量とか

「ステレオタイプの、言っちゃ悪いが阿呆」は退屈です


マッカーサーが吉田茂に「GHQは何の略語か解るかいかい?」

答えて曰く「ゴー・ホーム・クイックリーかな」

昭和天皇がリンカーンの銅像を大切に為されていた事実

この方たちは知らんのじゃろうね

(=^・^=)


(まるで宗教}・・・神道の大元締めやから当然やんけ

(=^・^=)

  • 質問者

    mad********さん

    2018/4/1221:42:13

    GHQの洗脳の過去を知らずにアメリカ大好き、アメリカに憧れるって人は少なくないですよね。そういう人にはかなりガッカリします。
    まあいわゆるSOBやビッチだと思っています。

    左翼がインテリだった時代があると先日ご指摘いただいてなぜそういう風潮だったのか、ゆっくり調べているんですがこれだ!という原因を特定できずにいます。当時の人たちにもお話を聞きましたが、なんかそういう時代だったねえという回答が多く(笑)

    吉田茂氏のwitに富んだやり取りは素晴らしいですね。
    Go Home Quickly
    私ならとっさにそんなやり取りは出来ません。
    やはり偉大な人だったんですね。
    ゴルゴ13で有名なさいとうたかを氏が彼の長編伝記漫画を描いていますが、長くて重くて何回も挫折しながら読んでいます。

    天皇が神道と関わりがあるというのを知らない人が結構いますよね。
    皇居というお寺の住職だと思ってたりして(笑)

  • その他の返信(3件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2018/4/15 19:51:41

天皇とは何なのかを知らないまま反対している人が多い事は残念ですね。
無知は強い!!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/6件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yuu********さん

2018/4/1201:37:41

天皇や皇室が存在しても日本国内外で問題は沢山ある。
能力のない役職だけの存在という事に気付いたからでしよう。

日本の問題を何も解決しないが、天皇を尊敬する国民は沢山いる。
人気だけなので1宗教の教祖と同じ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

sei********さん

2018/4/1023:57:28

>そうなったキッカケを教えてください。

○先の大戦で、「日本は神国で、戦争には絶対に勝つ。」とだまされ、国民は天皇(お国)のために戦争をしたが、敗戦したから。

「天皇は自分はどうなってもよいから、国民を助けてほしい。」など、そんな気持ちはかけらも持っていないことが、はっきり分かったから。
その証拠として、敗戦直後、人々が大勢飢え死にしているときに、マグロの刺身など高級料理を天皇や皇族は平気でたしなんでいた。

今上天皇も昭和天皇と同じで、ペリュリュー島に訪問した際、先の大戦について、ふいの記者からの質問に、「戦争です。やむを得ません。」と他人事のように言っていたから。

質素な生活をしているとは、真っ赤なウソで、1週間分の食事のメニューを各自で献立をたてて、料理人に注文している。
ほかにも海外旅行など、いっぱい贅沢三昧の生活をしているから。
労働もせず、皇太子などは下手なビオラを弾くなどして、遊びほうけているから。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

aim********さん

2018/4/1008:34:31

吉田松陰などもいた、長州って明治維新では枢要な立場をとっていますね。
私は無論、徳川の幕政を評価はしていませんがお江戸は文化としては懐かしいところが多い。

先日OKWaveで質問したらこんなご回答がありました。

『幕末における何か隠れた事情幕末における何か隠れた事情という質問から』

I. 正規に明治天皇となる祐宮が殺された、長州とはかの代々安倍晋三さんの出身地
1.三条実美は、孝明天皇から「国賊・朝敵」として追討令が出ていた。
※天誅組一派も、朝敵として追討令が出た。
①三条実美は、都落ちの時に「裕宮(孝明天皇長男)を人質」にした。
※孝明天皇は、幕府への出陣許可を出さなかった。
②祐宮は、長州藩内で暗殺された。
③明治天皇は、伊藤博文配下の「相撲隊隊員」が身代わりに即位した。
※祐宮は、虚弱体質。明治天皇は、大男。祐宮は、右利き。明治天皇は、左利き。
※明治天皇の后は、何故か「皇太后」と称す。通常は、「皇后」です。
※.明治新政府の御前会議で「明治天皇が発言しようとした」ところ、伊藤博文が「元の身分に落とすぞ!」と一喝した。
まぁ、三条実美は「勅書・錦の御旗」などを堂々と偽造した悪人です。
天誅組の乱では、多くの若者が「偽の勅書」を信じて命を失いましたよね。
ただ、形式的には「天誅組主犯が、明治天皇の叔父」という隠された史実があります。
「天皇は、神聖にして犯すべからず」
この一文で、天皇に関する一切の詮議は不可能になりました。
まぁ、地方の古文書を見ると色々と考えさせられます。

明治維新政府は近代日本の礎ですが、こんな特殊工作があったのですね。
そして長州出身の安倍さんの親族の総理が輩出してきている。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

tos********さん

2018/4/919:10:39

頭に何も無い馬鹿に説明しても、歴史上のことがらを理解するだけの頭があるとは到底思えないのだが。
馬鹿は、天皇制と天皇は一体のものだと思っているようなのだが、全く別物だ。

質問者を含めた圧倒的多数の馬鹿は、天皇は遙かな昔から日本人全てに知られていたかのように思い込んでいるが、多少なりとも頭があるのならそんなはずが無いことくらい容易に想像がつくはず。
言うまでもないことだが、江戸時代は幕府が絶対的な権力を握っていたのだ。それこそ天皇なんて幕府にとってはどうでも良い存在だ。
江戸時代の幕府は絶対的な権力を持っていて、幕末までは幕府に刃向かおうなどと考えるものはいなかった。幕末に幕府を倒した薩長ですらその直前まで、幕府を虎のように恐れていたのだ。具体的には吉田松陰が生きていた頃。まさに幕末前夜だが、この頃にはまだ薩長は幕府を気ままに歩き回っている野放しの虎に出会った時のように恐れていたのだ。これに対して明治政府は、江戸幕府とは全く違っていた。明治政府の要人は、かつての下級役人の出身者ばかりだ。このつい先日まで食べるにも事欠いていた下級役人の小せがれが、江戸時代には側に近づくことさえ不可能であった殿様や家老、大老というものすごくえらい雲の上の存在だった人々の上に立って、命令を下すという立場になったのだ。
江戸時代という封建制度の下で徹底した身分制度の中で生まれ育った者にとっては、殿様やかつての重役達に指示を下すなどといったことを行うなどということはあまりにも恐れ多いことで、やりたくてもできなかっただろうし、そのような立場に立ったことについては、ものすごく居心地が悪かったに違いない。
そこで天皇というものを利用することにしたのだ。ただ、幕末の天皇である孝明帝は幕府の言うがままという状態であったことから、高杉晋作のような自身気違いと称していたような異常なまでに血気盛んな革命を志す若者達にとっては、幕府に恭順の意を公の場で表していた孝明帝は邪魔者としか写らなかったことだろう。そこで天皇の暗殺という手段を執ったと考えられる。孝明帝はまだ35歳の若さで、健康に何の異常も無かったのにたった1日で突然死んだのだ。一応病死と言うことにはなっているが、暗殺と思わない方が不思議だろう。まして殺したのが明治政府の中枢に居た人と言うことになれば、こうした人物をどれほど怪しいと思っても調べることなどできるはずがない。そんなことをしたら天皇の命を簡単に奪うような連中だ。そんなのに目をつけられたら、命がいくつあっても足りないからだ。
幕府に忠実な天皇を殺して、幼い明治天皇をかついで明治維新を画策したのだが、逆に言えば邪魔と思えば簡単に殺して替わりを立てることがいとも簡単にできた。それほど幕末期までの天皇というのは、取るに足らない存在でもあったと言うことなのだ。
しかし、いざ明治維新という革命が成就し、明治政府ができた後は、江戸時代の吹けば飛ぶような権威も何も無いままの天皇ではいかんともし難い。そこで天皇制や皇室典範というものを造り、天皇に対する寓話のようなもの。神話の時代からの嘘やはったりを愚かな民衆に事実と思わせることでものすごく強力な権威付けをし、ついには、現人神という神にまで祭りあげたと言うことなのだ。そして明治政府が行う政の全て、その後はありとあらゆることの全てを天皇の御名によって行うというようにしたのだ。
こうした権威を異常なまでに高めた天皇の威光を笠に着て、かつての下級役人が傲慢きわまりない権力行使を行うようになっていったのだが、まさに、虎の威を借る狐そのままだ。
この明治政府によって作られた天皇の権威を良いことだけに使うのであればまだしもだが、天皇の御名を自分たちにとって都合の良いように好き勝手に使い国民を意のままに動かすと言うことをしてきたわけで、その最も悪い悪例の典型がかつての日本軍だったと言うことなのだ。

このように一度神格化までした天皇という存在は、権威者にとってはとてもありがたい存在で、馬鹿な民衆を意のままに扱うにはこれほど便利なものは無い。だから、権力者どもにとってはいつまでも残しておきたいものであることは間違いが無いだろうが、利用される側の民衆が天皇、天皇とわけもなくありがたがり、崇めたてるというのは馬鹿の極みだと言うことができる。

更に、馬鹿マスコミは天皇のことを持ち出す際の常套句として、「日本の国際法上の皇帝は徳川将軍であったが、しかし、徳川家は天皇から政治外交を委任されていたのであって、日本国の元首はあくまでも天皇である。」というものだ。
馬鹿マスコミは、こうしたことを当たり前のことであって既定の事実であるかのように言い、圧倒的多数の愚かな民衆は、馬鹿マスコミの言うことをなんの疑いもなく事実として受け入れている。
しかしながら、これは幕末における思想のひとつであったのだ。思想というのは、明確な根拠があってのことでは無く、ただ思想家が考えたものでしかない。妄想と紙ひとえのものだ。それでは一体誰がこのような妄想を言い出したのかというと、最初に言い出したのは水戸藩の学者であった。これを吉田松陰という大馬鹿者が思想として体系化したのだ。吉田松陰と言っても殆どの人は名前くらいしか知らないだろうが、驚くべき風変わりな人物であった。人を疑うと言うことを知らずに、天衣無縫の子供のような人だった。そのわかりやすい事例としては、アメリカに渡ろうとして黒船に乗り込んだが拒絶され失敗をすると、自ら自首して出たというありえない馬鹿で、これが幕府の取り調べの際には幕府の役人に向かって幕府を倒して新たな革命政権を作らなければならないと言うことを蕩々と述べたのだ。自分の持論を述べることは悪いことではないが、お白砂に引き出され、取り調べの役人に向かって釈明をしなければならないと言うときに、幕府を打ち倒してなどと言うか、ということがある。司馬遼太郎は、これはもう狂気としか言いようがないと言っているが、それで幕府の役人を説得できたと思い込んで、近いうちに自分は釈放されるだろうなどと手紙に書いている。どこまで馬鹿なのかと思うが、勿論釈放などされるわけがなく、死罪が確定し、処刑されている。
人間的にはもの凄く親切で優しい良い人なので、最初は彼の元に子供が集まってきて、やがては若者もたくさん彼の元に集まってきたのだが、考え方としてはもの凄く過激で今であればイスラムの過激派の宗教家のような存在だったのだ。言うまでもないことだが、明治政府の中枢に居た人物の多くは吉田松陰の門下生でもあった。
これは明治政府による典型的なプロパガンダなのだが、こういう奇妙な人物がまとめた思想をあたりまえのように言うというのは、いかに馬鹿マスコミの言うことは当てにならないかと言うことなのだ。

そもそも薩摩長州は、徳川政権を倒すために天皇を道具として利用したに過ぎない。
そのために「尊皇攘夷」という大義名分が必要となった。
これは、どこまでも大義名分に過ぎない。
薩摩長州のリーダー層が純粋に尊皇精神をもっていたかとなると、幕末動乱期の行動、手法が明白に示す通り、そういう精神は微塵ももち合わせていなかったとみるべきであろう。
「尊皇攘夷」を方便として喚き続けているうちに本当に気狂いを起こし、「王政復古」を唱え、何でもかでも「復古」「復古」となり、大和朝廷時代が本来のあるべき姿であるとなってしまったのだ。
その結果、寺を壊せ、仏像を壊せ、経典を焼け、坊主を成敗せよ、となってしまったのである。

このように天皇制というのは、明治政府によって天皇を利用するためにはなりふり構わないという状況の下で、明治時代に作られた物であって、江戸時代には誰も天皇なんて知らなかった。知っているのは極めて僅かの特殊な人々でしかなかったと言うことすら知らない馬鹿が圧倒的多数なので、話がおかしくなる。
明治政府によって作られた様々な天皇を神格化するために作られた話を、未だに信じている馬鹿がマスコミの中にも多数いる。
最も有名なのが、錦旗の御旗を見た幕府軍が総崩れになったというものだ。
しかし、普通に考えてテレビも新聞も週刊誌も何もない時代に、どうやって天皇を知ることができたというのか。京都の田舎にひっそりと暮らしていた天皇のことを幕府の侍が知っている筈がない。
それほどまでに錦旗が力を持っているというのであれば、遙かな昔に後白河上皇が平家との合戦の際に錦旗を使っていたはずなのに、何の効果も無かったのはなぜか。
要するに、明治政府が作ったでたらめな話を圧倒的多数の馬鹿が、皆信じていると言うことが問題なのだ。明治政府は政を行うに際して天皇というものが必要だった。
しかし、今は明治政府ができた頃とは全く状況が違っているのだ。従って、かつてのように、天皇家を天皇制がなかった頃の状態に戻してあげるのが最善と考える。
その方が天皇も肩の荷が下りて助かるし、喜ぶことだろう。

明治政府は天皇を利用するために天皇制という物を作り、皇室典範も作った。当時はそれが必要だったのだが、今は明治政府ができた頃とは状況が全く違ってしまっている。
重要なのは、馬鹿が言うように天皇制も皇室典範も皆天皇が望んで作られた物ではないと言うことなのだ。
天皇制を必要としたのは、明治政府だったのだ。

馬鹿には想像もつかないことだろうが、天皇というのは全く自由が無い。24時間耐えず他人の目があり、分刻みでやることが決められている。これが1年365日なのだから大変と言うより悲惨と言って差し支えが無い。
私だけでは無く、誰しもがこんな生活は厭だと思うはず。なぜ、自分なら絶対にいやだと思うものを他人に強いるのか。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

a_a********さん

2018/4/918:57:09

・外国人によるプロパガンダ
・日教組の悪い所を汲んでいる教員の影響
・朝日新聞系列並びに関係者からの感化

当方は無関係ですが、
古舘伊知郎なんかは可成の反対論者です。
もちろん表立っては語っていません。

日本人に成りすました外国人によるプロパガンダも存在します。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる