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石田三成が朝鮮攻めの総大将を担った場合どうなっていたでしょうか?

kok********さん

2018/5/2903:10:00

石田三成が朝鮮攻めの総大将を担った場合どうなっていたでしょうか?

加藤清正、黒田官兵衛などによる朝鮮攻めが失敗に終わったことは有名ですが
その後の計画では石田三成と福島正則が総大将になる予定でした。
先の2度に渡る朝鮮攻めの際に兵站を担い多くの将兵を救い成功させた
石田三成の戦略眼と秀吉の縁者である福島正則を配置とされます。

よく小説などで戦下手と称される石田三成ですが実際は戦術家として
高く評価され当時、豊臣秀吉からもとても評価されていました。
忍城攻めも実際は三成が大将では無く浅野長政が大将であり
しかも水攻めはデモンストレーションを考えた秀吉の作戦で
三成はそれを監視する役目を担っただけにすぎません。

この秀吉からも認められた軍才に兵站能力を持った石田三成が
第三次朝鮮攻めの大将となれば
どうなっていたでしょうか?

外交能力も高く戦争を有利に進め明との講和も有利に進めたのでは
ないでしょうか?

歴史に詳しい皆様、教えてください。

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pea********さん

2018/6/202:38:06

朝鮮・明・天竺征服。
石田三成は事務方の総大将でしょう。今風にいうと、防衛相の制服組のトップみたいなイメージでしょうか。
実際、軍議を開けば加藤・黒田らは福島正則の言うことしか聞かないと思います。

質問した人からのコメント

2018/6/4 00:12:21

回答していただきありがとうございました。
仰るように三成は事務方で防衛相制服組のトップですね。
戦略性の無かった福島、加藤などが従わずに失敗に終わる可能性はあったと
思いますが三成の能力であれば大国明を相手にも勝利するであろうという
太閤の人事だったと思います。

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yos********さん

2018/5/2912:12:37

朝鮮出兵では石田三成の不手際から兵站に失敗して将兵は飢えに苦しんでいます。

事実認識が根本的に間違っています。

ohx********さん

2018/5/2909:48:34

三成では身分・年・出自、どれを取っても総大将は務まりません。兵站を司るのがせいぜいで、いくら三成が有能でもすべてを日本からの補給に頼れず、現地調達しようにも貧しい朝鮮ではそれもままならず。
同じように総大将もままならないはずです。戦略家であろうと麾下の大名らが納得できません。

mon********さん

2018/5/2909:31:44

むやみに持ち上げても家柄、人望のない彼に総大将など不可能です。

武士は出自がすべてですから、名目だけでも名門を配置するのが日本のやり方です。

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