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昭和の50年代だと思うのですが、東海道本線(愛知県内)の車両の連結部分が、今の...

kod********さん

2018/6/918:15:55

昭和の50年代だと思うのですが、東海道本線(愛知県内)の車両の連結部分が、今のように蛇腹のシートで覆われていなく、外が丸見えの状態だったという幼い頃のかすかな記憶があるのですが、何かの勘違いでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kar********さん

2018/6/918:58:45

国鉄も職場が荒んだ時期ですから、あり得ます。

昭和50年ですとまだ編成も長く、短い編成を連ねるという事はないと思います。ただし当時は郵便輸送を盛んに行っており、クモニ83辺りが大垣方向に連結されている割合が非常に高かった。これは同じ色でも切妻で貫通路がありませんので、連結が断たれているように見えた筈です。

昭和50年代初めより113系の進出が始まります。
この時に運転席同士の連結部は貫通幌など、渡していたかどうか?
郵便輸送は相変わらずであったと思います。

従って,十分にあり得ると思います。
昭和50年代とすると、前半はまだクーラーがなく扇風機ではないでしょうか。

質問した人からのコメント

2018/6/10 09:22:53

可能性はゼロではないのですね!緑とオレンジの車両でしょうか?いい時代でしたね!ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

yok********さん

2018/6/920:33:41

運転台のある車両通しの連結面ならあり得ます。
通り抜けは出来なかった筈ですが。
東京口では日常的に見られました。

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