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先日、主日ミサで司祭がベルゼブル論争のことについて読まれました。

bil********さん

2018/6/1223:47:29

先日、主日ミサで司祭がベルゼブル論争のことについて読まれました。

「この男は悪魔、ベルゼブルの力を借りて数々の不思議な奇跡をおこしてる」
それに対してイエス様はこうおっしゃいました「サタンがサタンと内輪も目をすればうまく行くはずもないとそこでその内輪もめ例えってどういうことですかご教示よろしく、では明日も良い一日を^^

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yu_********さん

2018/6/1313:43:41

頌主

マルコ3章20節~のくだりですね。

背景としては律法学者たちが主イエスを頭がおかしい、悪魔に憑りつかれていると非難したことです。

端的には、

イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。(3:30)

ということです。

それに対する主イエスの反論・例え話が以下の聖句です。

そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた。「どうして、サタンがサタンを追い出せよう。(3:23)

⇒ 主イエスはサタンや悪霊の仲間ではないので、サタンや悪霊を追い出すことができる。サタンには不可能でも主イエスには可能。

同じように、サタンが内輪もめして争えば、立ち行かず、滅びてしまう。(3:26)

⇒ もし、主イエスがサタンや悪霊の仲間なら、サタンや悪霊を追い出すことは内輪もめになり、主イエスもサタンも皆が滅んでしまうはずだが、主イエスはサタンや悪霊の仲間ではないので、滅びることはない。

また、まず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。(3:27)

⇒ もし、主イエスがサタンや悪霊の仲間なら、一番強い首領である主イエスを退治しなければ、サタンや悪霊を追い出すことはできない。

はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」(3:28~29)

⇒ 人が犯す罪や冒涜の内で赦されないものはないが、神の御子である主イエスや聖霊(要は三位一体の神)を冒涜することは永遠に赦されない大罪である。

といった意味です。

在主

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