ここから本文です

日本史、双眼鏡も望遠鏡も飛行機もない古代~戦国時代、戦の敵方の数(何千、何万...

asa********さん

2018/6/2304:49:23

日本史、双眼鏡も望遠鏡も飛行機もない古代~戦国時代、戦の敵方の数(何千、何万)はどのようにして数えていたのでしょうか。

一般民衆に化けて偵察するスパイや忍者などが常に複数いたので

しょうか。

閲覧数:
76
回答数:
4
お礼:
50枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

hjx********さん

2018/6/2310:48:35

封建社会では、

実は自軍すら正確な数は分からなかった。
だから、太閤検地で、動員する兵力を確定した。
武器や食料は「家」ごとの自弁なので、軍全体の補給のための人数の把握は必要なかった。

「三河物語」に高い所から見える織田軍5000人以上の記述があり、高い所から見た概数なんかはあったろう。

  • 質問者

    asa********さん

    2018/6/2909:00:19

    ありがとうございます(^□^)。

    自弁もあったのですね。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2018/6/29 09:02:03

皆様ありがとうございます(^□^)

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

プロフィール画像

カテゴリマスター

fdk********さん

2018/6/2322:41:22

分からないのが普通だったのでは、
戦闘後に、「相手側スゲーたくさんだったな、見方の倍いたんじゃね?」みたいな、
見方の数も戦闘員と後方支援とかどこまで数に含めるか。
戦後に戦勝者側に良いように誇張されるだろうし。
例えば「千人で二千人を追い払った」が、「五百人でやったった」とか、逆の増やすことか普通だし。
源平の時代に何万人とか無理そうなのにそんなこと書かれていたり。
数に関してもかなりいい加減ですよ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

sgp********さん

2018/6/2308:16:55

だって大将もバカじゃないから、必ず家来一人一人確認します。だから、軍勢がわかるのです。質問がありましたら、返信をお願いします

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

wak********さん

2018/6/2307:12:08

物見はいましたな。見晴らしの良い場所から、唯一の通路である道路筋を見渡すと、狭い道を進軍してくる敵が見える。幅が決まってるので、長さを見れば人数はわかる。あるいは通過時間を計ればね。当時の軍隊は道無き道を来るわけじゃない。騎馬の数と荷駄の数だけでも、大方兵数は知ることができる。
軍法の中にはそういう決まりや知識もあったということだ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる