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史記 「荊軻」の「図窮まりて匕首見わる」について質問です。

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ID非公開さん

2018/6/2315:17:12

史記 「荊軻」の「図窮まりて匕首見わる」について質問です。

荊軻が秦王を追いかけ回しているとき、侍医の夏無且が薬袋を投げた、とありますが何のためにですか?

それによって秦王が助かったそうですが、どうしてですか?


あと、最後の文章で、秦王の不機嫌はしばらく続いた、とありますがどうして不機嫌なのですか?


わかる方が、いましたら教えてください、

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oha********さん

2018/6/2317:04:49

侍医の夏無且が薬袋を投げたのは、何のためですか
→荊軻の攻撃を少しでも防ぎ、王を守るために薬袋を投げました。

なぜ、刀や槍、矛を使わなかったのですか?
→殿上に上がる家臣たちは、少しの武器も持ってはならない、と決められていました。武器を持った家臣が、援護にくるまでに時間が必要でした。

なぜ不機嫌になったか?

暗殺されそうになって上機嫌な人はいないでしょう。詳しくは、、

燕王は、秦の臣になるといい,亡命した樊於期の頭と督亢の土地を献上してきた。始皇帝は、このことに大いに満足していた。盛大な儀式を行い、これを受け取ろうとしていた。ところが全ては自分を暗殺しようという謀ごとだった。危うく自分は殺されるところだった。秦を逃げ出した、あの太子丹の謀略によるのだ。

  • oha********さん

    2018/6/2321:59:33

    始皇帝自身は刀を帯びていました。しかし長刀で、なかなか鞘から抜くことが出来ず、逃げる一方でした。素手で打ちかかる家臣もあり、夏無且は何とかしようと持っていた薬袋を投げつけました。

    投げた薬袋が荊軻に当たった、とは書かれていませんが、皇帝自身は事件の後に「夏無且は私の身を愛して,藥囊を荊軻に投げつけてくれた」と評価して、黃金二百溢を褒美として下賜しています。

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wos********さん

2018/6/2410:52:49

<侍医の夏無且が薬袋を投げた、とありますが何のためにですか?>

殿中(秦王がいる間)には、武器を持って入ることが一切法律で禁止されていた為(護衛の者にも武器を所持させないほど徹底していた。)、秦王の部下は誰一人武器をもっていませんでした。殿中では武器を持って良いのは秦王だけでした。部下達は武器がなかったので、誰も荊軻をとめるような動きをとれず、秦王を見守るしかできませんでした。秦王の侍医の夏無且は、手に薬袋を持っていたので、それを荊軻に投げつけて、荊軻を制止しようとしたのです。

<それによって秦王が助かったそうですが、どうしてですか?>

夏無且は薬袋を投げましたが、秦王はそれによって助かったのではありません。周囲の人々が秦王に「剣を背負われなされ」と助言してくれたので、助かったのです。秦王の剣は長すぎて、普通に鞘から出すのは大変でした。背負えば、簡単に抜けました。秦王は、やっと抜いた長剣で荊軻を刺して、自分で身を守りました。

<秦王の不機嫌はしばらく続いた、とありますがどうして不機嫌なのですか?>

不機嫌だった理由は色々あると思います。

1秦王は、おそらくそれまで人を殺したことがなかったため、人殺しをしたのが意外とショックだった。(人殺しの達人なら荊軻を殺害するのに七回も刺し直したりはしないでしょう(しかも最後まで殺せていない。最後の止めを刺したのは、史記によれば部下でした。しかし、殿中は武器を持って入ってはいけないのに、部下がどうやってとどめをさしたのでしょう?)。急所を数回刺してしとめられたはずです。つまり、秦王は剣の腕がなく、人殺しをするのに慣れていなかったのだと思います。)
2荊軻から逃れるために袖が破け殿中を走り回るなど、みっともない姿を部下にさらしてしまったから(それが、私達には面白いのですが)
3殿中では武器の所持を一切禁じるという法令が自分の命を守るどころか、危機をもたらしたことを恨んだ。しかし、法治主義者として、法令に従わないというのはありえないことだったため、葛藤していた。緊急事態法でも制定しておけば、良かったのでしょうけど。
4最後に荊軻に「お前を殺す気はなかった。」と余裕ぶったことを言われて頭に来た。こっちは本気だったのに、と。
5自分ひとりで荊軻に立ち向かわなくてはならなかった時、孤独を感じた。偉くなると孤独だと感じるようですが、ますます孤独だと感じた。
6助けてくれなかった部下達に不信を感じるのを禁じえなかった。(実際には、夏無且以外の部下も助言して助けようとしてくれました。)
7簡単に荊軻と謁見してしまった自分の甘さを悔んだ。
8燕の太子丹には、子供の頃の縁があったので、実は優遇してやっていたのに、恩を仇で返されて頭に来た。
9殺されたくないと思ったから。
10今後も暗殺されることがあるかもしれないと思い、恐れた。(実際、その後、何回か暗殺の対象になった。張良、高漸離等)

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