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薩摩の公武合体論について

kum********さん

2018/6/2823:15:07

薩摩の公武合体論について

山川出版の日本史Bの教科書で、坂下門外の変の記述のあとに、

「この事態のなかで、朝廷と幕府の双方に繋がりの深い外様の薩摩藩では、独自の公武合体の立場から、島津久光が勅使を報じて江戸へ下り…」

と、文久の改革の文章が続いていきます。

この記述の中の「独自の公武合体の立場」の独自って、どんな内容なんですか?

簡潔に教えてくださると嬉しいです。

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ベストアンサーに選ばれた回答

mar********さん

2018/6/2914:24:12

簡単に言うと違いは二つ。
①公(朝廷)と武(幕府)のどっちの意見を優先するか
②大名の意見を取り入れるか

公武合体論というのは朝廷と幕府が協力して政治を行おうとすることで、学校などでは公武合体=和宮降嫁と説明されることが多いです。
幕府の考えは政略結婚によって天皇家と将軍家が仲良くなれば、朝廷は幕府の意見に文句を言わず、政治をすべて任せてくれるだろうというものです。
優先順位は、幕府の意見>朝廷の意見。大名の意見はどうでもいい。
(いわゆる幕府一強)

薩摩は和宮が徳川家茂と結婚することについて、特に賛成も反対もしていません。
薩摩藩主の父、島津久光の考える公武合体は先代藩主の島津斉彬の遺志を引き継ぐもので、朝廷と幕府と大名(外様を含む)の意見を取り入れて共に政治を改革していこうというものです。
優先順位は、朝廷の意見≧幕府+大名の意見。
(いわゆるオール・ジャパン体制)

つまり前者の幕府は自分たちだけの意見で政治を行いたいと考えていたのに、後者の薩摩藩は勅使と一緒に江戸に来て、政治に朝廷と薩摩の意見を取り入れてくれと圧力をかけたわけです。
同じ公武合体と言っても、内実は幕府一強vsオール・ジャパンで根本が大きく違うので、100%味方同士という関係ではありません。

質問した人からのコメント

2018/7/4 09:37:58

回答有り難うございます。
幕府一強とオールジャパンの表現がすごく分かりやすくて、すんなり理解できました!

有り難うございました!!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

yuc********さん

2018/6/2913:36:41

薩摩藩が積極的に開国をを推し進める立場のことを言っているんですかね...?
開国するために国内が一致団結して公武合体をするってのが独自に公武合体の立場なのかなあ

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