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ポールマッカートニーの父親はアマチュアのピアニストだったのですか?

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ID非公開さん

2018/7/2318:42:10

ポールマッカートニーの父親はアマチュアのピアニストだったのですか?

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eks********さん

2018/7/2813:15:47

ポール・マッカートニーの父親; Jim McCartney (1902-1976; 添付写真 左の人物)ですが、Wikipediaによれば、

・妻と同じくアイルランドのポテト飢餓を発端とするアイルランド系移民。

・14才で教育を終え、綿花検査士の見習いから職業生活をスタート。

・Jimの父親(Paulから見れば祖父)は音楽好きで、Jimも17才にしてピアノとトランペットが演奏できるようになった。

・出世して綿花ブローカーになった(全盛期は月給の他にボーナスももらえた模様)。

・1920~30年代にアメリカのビッグ・バンドの影響を受け、自身もJim Mac's Jazz Bandというバンドを結成。トロンボーン奏者になった(当時のルイ・アームストロングの影響を受けた模様)。

・飛び入り演奏家として NEMS(当時Epstein家が経営していたレコード店) でピアノを演奏したことがあるらしい。Epsteinの子供Brianと、Jimの子供ポールがその後 ビートルズで結ばれるようになったのは言うまでもない。

・第二次大戦がイギリスでひどくなると綿花業は継続が困難になった。また10才の時の転落事故を起因とする難聴の持病もあり、イギリス軍にパートタイム転身。副業として汽船のエンジニア、消防士(ドイツの空襲対策要員)としても働いた。

・Jimは当時としてはめずらしく (高額な)78rpmレコードのコレクターで、自宅で仲間にこれらのレコードを聞かせたり、ピアノで簡易演奏もしていたらしい。

・Jimはまだ音質が悪かったレコードの音と、実際のステージ演奏との「音の違い」についてPaulに教育をほどこしていたらしい。またボーカルのハーモニー技術についても特別な教育をしていた模様。もちろんこれが後にジョン・レノンとのコーラスにいい影響を与えたのは事実である。

・世界大戦が終結すると元の綿花ブローカーに戻ったが、以前のような仕事はなく、生活には苦労した。

・Jimは労働者階級の人間だったにもかかわらず、クロスワードパズルを解いたり、地元新聞の記事について周囲の者と討議するのが好きで、当時のイギリスではちょっとしたかわりものだった(これがポールの音楽の才能に いい影響を与えた?)

・Jimの政治思想はリベラルで、高い労働倫理、自尊心、思慮深さ、誠実さ などを誇りとしていた (これもポールの音楽の才能に いい影響を与えた?)

・ポールが16才の時に母親が亡くなると、Jimは息子の寂しさをまぎわらせようと、低価格のトランペットを買い与えた。1950年代終わりごろ 当時のイギリスでスキッフル・バンド(≒高額なギター等が持てない若者が、安価な代替品で類似の音をだしながらけたたましく歌うバンド)がはやりだすと、ポールはZenith 社のAcousticギターを新規に購入した。

・1964年、62才のJimの週給は10ポンド(当時の日本円で約1万円ちょっと。1960年代前半の若手サラリーマンの月給に近い)。ポールがビートルズ人気で莫大なお金をかせいたので隠居してもよい身なのに、Jimは引退せずポールの金の一部を投資して馬主となった。その馬は後年あるレースで優勝したという。

・1976年3月 気管支肺炎で死亡。

(参照)
Wikipedia; Jim and Mary McCartney
https://en.wikipedia.org/wiki/Jim_and_Mary_McCartney

ポール・マッカートニーの父親; Jim McCartney (1902-1976; 添付写真...

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