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HHK 時代劇 一路の 蒔坂左京大夫はうつけのフリを、いつからなんで してたんです...

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ID非公開さん

2018/9/105:00:03

HHK 時代劇 一路の
蒔坂左京大夫はうつけのフリを、いつからなんで
してたんですか?

小父の蒔坂将監は廃嫡になった時点で毒殺すればいいものを、
後見人として立派に何年も見守って育ててきて?
左京大夫は成人して妻、世継ぎまでいて、、
小父上には親しみと感謝さえ持っていました。

で、なんで今更、後継で揉めるのか??空白の時間が意味不明です。
左京大夫は、小父上には立派に育てて頂き〜とか言っておきながら、
何歳かわかりませんが、途中からうつけのフリする意味が?
そんでもって蒔坂将監は最期には、
「うつけのフリなんかしおってえ!」とか?
あれお前うつけじゃなくてしっかりした殿さまだったの、国の行く末憂い
暗殺しようとした俺馬鹿じゃん無駄死にいらん心配誤解やった。。
ですよね。あの描写は、、
蒔坂将監なんて、後見人で育てといて左京がうつけのフリしてるの途中でわかりますよねえ。


何年も経ってから、参勤交代に合わせて
失脚、暗殺しようとするのはストーリーとしてなんかおかしくないですか?
原作は読んでませんのでわかりませんが、、HHK 時代劇 一路の
蒔坂左京大夫はうつけのフリを、いつからなんで
してたんですか?

この質問は、50代の男性に回答をリクエストしました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

syu********さん

2018/9/109:18:25

原作読んだのも、ドラマ見たのもかなり前なので、うろ覚えと私なりの解釈ですが、将監は後継ぎとなるべく、当時世継ぎがなかった蒔坂家に養子として迎えられました。それなのに、ようやく実子である右京太夫が生まれた。将監としては、面白くはない状況。ただ、まだ赤子の右京太夫がすぐ家督を譲られるというわけでもないし、無事成人できるかどうかも分からないし、将監は養子のまま、後見という形で蒔坂家にとどまった。

右京太夫は、成長するにつれ、将監が後継ぎとして養子に迎えられたこと、しかし、自分の誕生により、その道がそれたことを知った。将監が殿になるにふさわしい器であることを誰よりも感じている右京太夫は、自分は後回しでいいから、先に将監に「殿」になってもらいたかったが、周りが「実子」を優先した。
うつけのふりをすれば、順番を譲れるのではないかと思ったが、そうはいかなかった。将監は右京太夫が急に「うつけ」になった事で、このまま国を任せておくわけにはいかないと思い、自分が殿になろうと企んだ。

本心を明かさなかった故のすれ違いといったところでしょうか。

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質問した人からのコメント

2018/9/5 13:14:07

なるほど今度原作読んでみます。

ありがとうございました。

まことにうつけだったわけですね。

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