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毛沢東の死後、なぜ華国鋒はトウ小平との権力闘争に勝てなかったのですか?

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ID非公開さん

2018/8/2821:01:27

毛沢東の死後、なぜ華国鋒はトウ小平との権力闘争に勝てなかったのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2018/8/2901:04:21

華国鋒が毛の死後、トップになれたのは、存命中のお墨付きがあったからといわれ、まず仲間だった文革派から離れたからです。
ところが鄧小平といった実務派が復活すると 自らが逮捕した文革派が毛の権力基盤であったため少数派に転落します
あとは、公安部長時代の「4/5天安問事件」の弾圧責任を問われて辞職を余儀なくされます

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2018/8/2923:21:33

天安門事件って二回あってさ、第一次天安門事件は周恩来サンの追悼花束が撤去されたことに怒った市民と政府の衝突を指す。鄧小平サンは市民側の首謀者とされていた。一方の華国鋒サンは政府側だから、鄧小平サンは毛沢東サンの生前に復権している訳でしょ。華国鋒サンは後ろ盾の毛沢東サンを失った訳だから、政治的力関係がどうなるかは想像付くよね。

ちなみに第二次天安門事件は親日家と言われたコ・ヨウホウさんの死をキッカケに集まった民主化派市民と政府の衝突事件。第一次天安門事件の経緯から、民主化派の市民や当時の日本への留学生なんかは、鄧小平サンは自分達の側って思っていたのに、あの顛末になった事に裏切られた感が在って泣いていた。欧米からは制裁を受けるしで、欧米と中の仲立ちに失敗した日本は、両者から批判される側に立たされる事に為った有り難~い事件なんです。

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