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冷温停止中の原子力発電所が 何らかの理由で崩壊熱を除去する機能を失い メルト...

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ID非公開さん

2018/9/1400:18:01

冷温停止中の原子力発電所が
何らかの理由で崩壊熱を除去する機能を失い
メルトダウンに至る確率はどれくらいですか?

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zoo********さん

2018/9/1612:07:21

間違いなく100%。

能書き(マニュアル)が長すぎて即時対応不可だから。

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iye********さん

2018/9/1609:56:22

●北海道の発電能力780万kWのうち200万kW(泊原発分)が欠け、残り580万kWの発電所で電力を供給しているということだ(これ以外にも新電力の太陽光・風力があるが、大停電では役に立たない)。
北海道の2017年冬の最大消費電力は525万kWだったから、すべての火力をフル稼働しても余裕は55万kWしかない。
また苫東4号機(70万kW)のような大きな火力が落ちたら大停電だ。
原子炉等規制法では新規制基準の適合性は【運転と並行して審査】することになっており、これを「田中私案」という個人的メモで無期限に止めている原子力規制委員会の運用は違法である。
こういう状態を作り出したのは民主党政権だが、法的根拠のない「活断層」問題で暴走する原子力規制委員会を止められない安倍政権にも大停電の責任がある。

福島第1原発事故は津波が原因。
福島第1原発事故以降、泊原発では津波対策他、安全対策は格段に向上しているので、原発事故が起きる可能性は低いと推測する。
地震だけで原発事故になった例は、寡聞にして知らない。
「事故が起きたらやめる」
のではなく
「事故を起こさないように対策を施して続ける」
ことが肝要だと思料する。

●東日本大震災では、福島第1原発に限らず、外部電源が地震に極めて弱い事が浮き彫りになりました。
福島第2原発、女川原発の各1回線を残し、他の全ての外部電源系統を地震で喪失しています。
これは重大な課題の1つです。
外部交流電源を喪失した際に、バックアップの役割を果たすのが非常用ディーゼル発電機(交流)です。
ところが、福島第1原発では、6号機の1台を除き、全ての非常用発電機が津波によって同時に失われました。
たった1つ生き残った6号機の非常用発電機は、海抜13.2mに設置されていた空冷式の装置でした。
高い所に置かれていた事と、空冷式だった事が幸いし、津波の被害を免れたのです。
この非常用発電機が設計通りに自動起動して5号機にも電気を融通し、5号機と6号機は最終的に原子炉を冷温停止に移行する事に成功しました。
福島第2、女川、東海第2の各原発は、外部交流電源、非常用発電機のいずれか1台(1系統)が生き残って機能したため、冷温停止に移行する事ができました。
このように、外部交流電源、非常用発電機のうち、1つでも残ったかどうかが、過酷事故と冷温停止の「分岐点」となったと言えます。
交流電源(外部電源、非常用発電機)を喪失した場合に、次に「命綱」となるのが、直流電源(バッテリー)です。
福島第1原発1・2・4号機は、津波によって直流電源も全て喪失しましたが、3号機には全2機が残っていました。
しかし、この3号機の直流電源も、交流電源が復旧する前に枯渇してしまいした。
また、交流電源喪失の際、直流電源と同様に頼りになるはずの電源車は、地震翌日の2011年3月12日朝までに計24台が到着したものの、接続先の電源盤の大半が津波で水没していたため、接続は難航を極めました。
不運はさらに続きます。
2号機で水没せずに残っていた電源盤と電源車を接続する作業の最中、1号機の水素爆発によって電源車などが損傷し、使用できなくなってしまいました。

接続は難航
・2011年3月12日の早朝までにある程度の電源車が集まっていたが、接続先の電源盤が水没したため、活用できるもの自体がなかった事、その特定に時間がかかった事などが重層し、接続に難航した
・また、瓦礫、余震、通信の混乱、重機不足なども重なり、電源車を接続するためのラインの構成・準備に時間を要した
・福島第1原発2号機は、1号機の水素爆発によって、準備していた接続作業が振り出しに戻った

外部電源や非常用発電機の他に、注目すべきは、電源車などから電気を受けるための「電源盤」の状況です。
原発で使用する動力用の交流電源盤には
「高圧電源盤(M/C=メタクラ)」

「低圧動力用電源盤(P/C=パワーセンター)」
の2つがありますが、福島第1原発の1~4号機では、どちらの電源盤もほとんど水没し、機能を失いました。
特に1・3号機では全滅するという深刻な状況になりました。
2号機には水没を免れた電源盤(P/C)が複数ありました。
ところが、電源車に接続するために作業していた時に、隣の1号機の水素爆発によって2号機の電源車やケーブルが破損し、使用不可能になってしまったのです。
女川原発1号機と東海第2原発では、機能を喪失した電源盤が目立ちますが、非常用ディーゼル発電機(D/G)と直流電源(バッテリー)、それに一部の電源盤が生き残っていたために、何とか冷温停止に持ち込めました。

●2016年4月 泊原発
原発の主だった建屋が立ち並ぶ敷地前面の海抜は10メートル。
原子炉建屋背面の敷地は山側なので31メートルの高さがある。
福島事故を教訓に新規制基準では津波対策が重視されている。
訪問前、泊発電所で想定される津波の最高水位は、9.8メートルと理解していた。
10メートルの敷地に、この津波では、20センチの余裕しかないではないかーー。
ところが、である。
見学して驚いた。
津波がこの高さになる場所は、発電所の敷地の端の小さな入り江だった。
地形のせいで局所的に高くなるが、何もない所だ。
発電所正面での津波は、その半分程度の高さにしかならないという。
しかも北電が、精度を上げて再計算すると、9.8メートルが7.3メートルに低下した。
入り江の磯に並ぶ岩の抵抗が精密計算に反映された結果だった。
「敷地の高さ10メートル」「津波の高さ9.8メートル」。
ともに正しい数字だったが、説明を省き、意図を持って並べると誤解を生む報道の一例だ。
泊発電所では、クレーンが多数動いていた。
所長代理の三上功二さんによると、高さ6.5メートルの防潮堤を海岸部の1.3キロにわたって巡らせる工事を進めているという。
念には念を入れての対応だ。
重要施設の扉の水密化や出入り口部への防潮壁の設置は、すでに終えている。
驚いたのは車のアンカー(錨)止めの実施である。
発電所内で長時間駐車は基本的に認めず、止むを得ない車には、強化繊維製のベルトをかけて固定することを義務化している。
万一、巨大な津波が侵入してきた場合でも、こうしておけば、押し流された車がぶつかって建物を壊したり、通路を塞いだりすることがない。
敷地内の海抜31メートルの高台には、移動発電機車、送水ポンプ車などが配備されており、これらはさらに追加増強の計画だ。
加圧水型の原発には津波で非常用発電機や海水ポンプが壊れても蒸気で動く「タービン動補助給水ポンプ」がある。
これは大きな強みだし使用済み燃料貯蔵プールは頑丈で外部から水の補給も行いやすい。
津波で電源を喪失した場合などの対応マニュアルも整備し発電所の宿直体制も強化した。
一連の訓練は夜間にも行って実践力を強化している。
泊発電所を見学しながら不思議に思ったことがある。
原子炉を冷却する海水ポンプの設備がどこにも見当たらない。
だが、その謎はすぐに解けた。
三上さんによると北海道なので専用の建屋で覆われていて見えない。
冬季の定期検査で海水ポンプを点検する作業には、寒気と雪を防ぐ建屋が必要なのだ。
安全強化策で高台に設置された屋外給水タンクにもヒーターが付いている。
極地探検に使うようなキャタピラ車輪のクローラー車も発電所員の現場急行用に配備済みだ。

●【GEPR】北海道大停電の責任は安倍政権にもある
2018年09月11日 12:00
池田 信夫
http://agora-web.jp/archives/2034668.html
今回の大停電では、マスコミの劣化が激しい。
ワイドショーは
「泊原発で外部電源が喪失した!」
と騒いでいるが、これは単なる停電のことだ。
泊が運転していれば、もともと外部電源は必要ない。
泊は緊急停止すると断定している記事もあるが、泊は震度2で、苫東厚真とは送電系統が別なので緊急停止しない。
原発は出力を調整できないベースロード電源なので、24時間フル稼働する。
泊の207万kW(1号機57.9万kW+2号機57.9万kW+3号機91.2万kW)が動いていたら、深夜3時の消費電力300万kWを供給するには、あと約100万kWあればいい。
実際のオペレーションがどうなっていたかはわからないが、次の表のように北電の火力は406万kWあるので、その1/4の出力を各発電所に分散して運転することはむずかしくないだろう。
苫東が落ちた原因は、北海道全体の消費電力の55%を3基の発電所で供給し、ぎりぎりの状態で運転していたからだ。
泊が動いていれば出力に余裕があるので、3基すべて落ちることは考えにくい。
もし落ちたとしても、残りの火力は241万kWある。
深夜なのですべて動いているわけではないが、出力に2倍以上の余裕があれば、稼働率を上げて苫東の負荷を吸収できただろう。

泊原発は「稼働中」に震度2の地震を感知して制御棒が挿入されて「緊急停止」したわけではない。
泊原発は「運転停止中」で燃料も入っていなかっので「緊急停止」するはずもする必要もない。
外部電源が供給されなくなったので、非常用のディーゼル発電機を使ってやっていたことは、電源を確保して核燃料が入ったプールを冷却し続けていたことだ。
外部電源が供給されなくなった原因は、北海道電力の苫東厚真火力発電所の緊急停止が引き金となって、道内全域の295万戸への電力供給が止まった、「ブラックアウト」とも呼ばれる大停電だ。
北海道泊村にある泊原子力発電所は、2018年9月6日未明から停電のため外部からの電源が供給されていない状態になっていが、1号機から3号機のいずれも地震から10時間近くたった2018年9月6日午後1時までに電源の供給が復旧した。
非常用発電機が起動し、正常にプールの核燃料の冷却が行われ、その結果、放射線量を測定するモニタリングポストの値に異常が出ていない。
安全上の観点から問題になるようなことは生じなかった。

hpa********さん

2018/9/1609:54:02

●地震発生時、原子炉は設定を超える地震加速度で制御棒を挿入し自動停止します。
これは2011年3月の福島第1原発事故でも1~3号機、5~6号機全てで成功しています。
4号機は運転停止中でした。
原子炉の自動停止後は「崩壊熱」を下げるために電源を必要とします。
福島第1原発事故では1~3号機は津波により全電源喪失のため冷温停止に失敗しました。
5~6号機は6号機の電源を活かして5~6号機の冷温停止に成功しました。
ちなみに、運転停止中の福島第1原発4号機が水素爆発を起こしたのは、3号機の建屋にたまった水素が逆流したためと考えられています。
今後は水素が充満しない、逆流しない対策を取る必要があります。
「原子力」も「火力」も、熱で水を蒸気に変え、その勢いでタービンを回して発電するーという点では同じです。
原子炉の中で水が熱せられて蒸気に変わり、タービンを回した後で「復水器」という装置によって冷やされて水に戻り、また原子炉に戻ります。
復水器には「海水」が通っていて、それで蒸気を冷やしています。
原発の燃料となっているのはウランです。
ウランは核分裂を起こしやすい「ウラン235」と起こしにくい「ウラン238」があり、自然界に多いのは「238」です。
天然ウランには、「235」は約0.7%しか含まれていないため、濃縮して含有率を3~5%に高めた上で焼き固めたものを「ペレット」と呼びます。
これを棒状に並べたものが「燃料棒」で、表面は「ジルコニウム」という金属で覆われています(燃料被覆管と言います)。
ウラン235に中性子を当てると、ウラン原子は2つの原子核に分裂し、同時に大量の熱を発生します。
この熱を発電に使っているのです。
そして核分裂が起きた際には新たに2~3個の中性子が発生しこれが別のウラン235に当たって、核分裂が続いていく事になります。
この反応を、ゆっくりと連続的に行うようにしたのが、原子炉です。
原子炉を停止する時には、中性子を吸収する性質を持つ「制御棒」を挿入する事で、核分裂の連鎖を止めます。
強い地震などが起きると、制御棒は瞬間的に挿入されるように設計されています。
燃料棒は、厚さ約16~20㎝の鋼鉄製の「圧力容器」の中に収められています。
圧力容器は、さらに「格納容器」で覆われています。
格納容器は厚さ約3㎝の鋼鉄と約2mのコンクリートでできており、大きく2つの部分に分けられます。
1つは上部の「ドライウェル」と呼ばれる部分で、もう1つが下部の「ウェットウェル(圧力抑制室、圧力抑制プールとも呼ぶ)」です。
福島第1原発事故では、まず、強い地震が起きて、制御棒は設計通りすぐに挿入され、原子炉は緊急停止(スクラム)しました。
ここでポイントとなるのが、「崩壊熱」です。
核分裂の連鎖反応が止まっても、原子炉には多くの核分裂生成物が存在し、その多くは化学的に不安定と呼ばれる状態にあります。
それらは安定するまで、放射線と熱を出しながら、別の物質に変わっていきます。
この熱を「崩壊熱」と言い、熱量が大きいため、原子炉に水を注入して冷やし続けなければなりません。
福島第1原発では、制御棒は挿入されたものの、復水器に「海水」を送るポンプなどが津波で損傷し、原子炉に水を注入できなくなってしまったため、圧力容器の中の水がどんどん蒸発して減ってしまいました。
そして、ついに燃料が水面から「露出」します。
露出した燃料は、それ自体が発生する熱で溶け始めました。
溶融した燃料は圧力容器の底も溶かし、格納容器の底へと落ちました。
これが「メルトスルー」です。
さらに、燃料棒の外側を覆う被覆管のジルコニウムが水蒸気の酸素と化学反応を起こし、大量の水素が発生しました。
そして水素爆発に至ったのです。
ただし水素爆発が起きたのは「圧力容器」「格納容器」ではなく、それらを取り囲む「原子炉建屋」です。

●東日本大震災で各原発を襲った地震の規模
①震度(観測市町村)②観測記録最大加速度(基礎版上)③基準地震動(Ss)との対比
(A)福島第1:①6強(大熊町、双葉町)②550ガル(2号機東西方向)③一部の周期帯でSsを上回る
(B)福島第2:①6強(楢葉町、富岡町)②305ガル(1号機上下方向)③Ss以下
(C)女川原発:①6弱(女川町)②607ガル(2号機南北方向)③一部の周期帯でSsを上回る(3/11本震、4/7余震)
(D)東海第2原発:①6弱(東海村)②225ガル(東西方向)③一部の周期帯でSsを上回る

太平洋側にある原子力発電所の中でも特に地震による影響の大きかった福島第1、福島第2、女川、東海第2の各原発を襲った揺れの大きさを見ると、震央からの距離を見ると、震源に最も近いのは事故が起こった福島第1原発ではなく女川原発であった事が分かります。
福島第1原発は2番目で、次いで福島第2原発、東海第2原発の順となっています。
震度で見ると、福島第1原発と福島第2原発は6強、女川原発と東海第2原発では6弱を記録しています(それぞれ市町村で観測)。
加速度は、人間や建物にかかる瞬間的な力の事で、1ガルは、1秒に1㎝の割合で速度が増す事を示しています。
加速度が大きければ大きいほど、建物などへの衝撃は大きくなります。
最大加速度が最も大きかったのは女川原発の607ガルでこちらも550ガルを記録した福島第1原発を上回っています。
続いて、各原発の基準地震動(Ss)と実際の揺れを比較してみましょう。
Ssとは原発の設計の前提となる地震の揺れの事で、言わばその場所で想定していた最大限の地震という事です。
原発はSsクラスの地震が起こっても安全を保つよう設計される事になっていますが、福島第1原発と女川原発さらに東海第2原発では一部の周期帯でこのSsを上回りました。
当初の設計で想定した以上の地震が起こったという事になります。
特に女川原発では、2011年3月11日の本震に加え2011年4月7日の余震でも、Ssを上回る揺れを記録しました。
このように、地震の規模を見る限り、福島第1原発だけが大きな地震に見舞われたという訳ではなく、女川原発も非常に危ない状況に置かれていた事が分かります。
それなのに、なぜ女川原発は生き残り、福島第1原発だけが事故を起こしてしまったのでしょうか。
外部交流電源を喪失した際に、バックアップの役割を果たすのが非常用ディーゼル発電機(交流)です。
ところが、福島第1原発では、6号機の1台を除き、全ての非常用発電機が津波によって同時に失われました。
たった1つ生き残った6号機の非常用発電機は、海抜13.2mに設置されていた空冷式の装置でした。
高い所に置かれていた事と、空冷式だった事で、津波の被害を免れたのです。
この非常用発電機が設計通りに自動起動して5号機にも電気を融通し、5号機と6号機は最終的に原子炉を冷温停止に移行する事に成功しました。

◆各原発の電源の状況
①外部交流電源
福島第1原発1~4号機×(全6回線が地震で喪失)
福島第2原発1~4号機△(4回線中1回線のみ健全)
女川原発1~3号機△(5回線中1回線のみ健全)
東海第2原発×(全回線が地震で喪失)

②非常用ディーゼル発電機
福島第1原発1~4号機×(津波によって喪失)
福島第1原発5・6号機△(5台中1台のみ健全「融通」)
福島第2原発1~4号機△(1・2号機は全滅、3号機は3台中2台、4号機は3台中1台が健全)
女川原発1~3号機○(1・3号機は全て健全、2号機は3台中1台が健全)
東海第2原発○(3台中2台が健全)

③直流電源:A系・B系のみ記載
福島第1原発1・2号機×(津波によって全て喪失)
福島第1原発3号機○(全2機が健全、後に枯渇)
福島第1原発4号機×(津波によって全て喪失)
福島第1原発5・6号機○(全4機が健全)
福島第2原発1~4号機○(全8機が健全)
女川原発1~3号機○(全6機が健全)
東海第2原発○(全2機が健全)

④電源車
福島第1原発2号機→唯一あった電源車の接続を試みたが、1号機の爆発で損壊し、接続できず
福島第1原発1・3・4号機→使用可能電源盤の調査、ケ-ブル敷設に時間を要したため対応が遅延
福島第2原発1~4号機○(海水系ポンプの復旧に使用)
女川原発1~3号機ー(外部電源、非常用発電機が健全だったため使用しなかった)
東海第2原発ー(外部電源、非常用発電機が健全だったため使用しなかった)

⑤外部電源の復旧
福島第1原発1~4号機×(水素爆発までに復旧せず)
福島第1原発5・6号機×(冷温停止までに復旧せず)
福島第2原発1~4号機ー(当初から1系統の外部電源が生きていた)
女川原発1~3号機ー(当初から1系統の外部電源が生きていた)
東海第2原発○(2011年3月13日19:37に予備系統が復旧)

⑥崩壊熱の除去
福島第1原発:全ての交流電源電源停止及び津波により補機冷却系が停止したため、原子炉で発生した熱を海に放出できなかった
福島第2原発・女川原発・東海第2原発
残留熱除去系(RHR)の一部が作動し、崩壊熱を海に放出し、炉心などを冷却できた

●北海道の発電能力780万kWのうち200万kW(泊原発分)が欠け、残り580万kWの発電所で電力を供給しているということだ(これ以外にも新電力の太陽光・風力があるが、大停電では役に立たない)。
北海道の2017年冬の最大消費電力は525万kWだったから、すべての火力をフル稼働しても余裕は55万kWしかない。
また苫東4号機(70万kW)のような大きな火力が落ちたら大停電だ。
原子炉等規制法では新規制基準の適合性は【運転と並行して審査】することになっており、これを「田中私案」という個人的メモで無期限に止めている原子力規制委員会の運用は違法である。
こういう状態を作り出したのは民主党政権だが、法的根拠のない「活断層」問題で暴走する原子力規制委員会を止められない安倍政権にも大停電の責任がある。

gmz********さん

2018/9/1609:51:44

●運転中だった福島第1原発1~3号機では、2011年3月11日地震直後に自動的に原子炉に制御棒が挿入され、緊急停止(スクラム)しました。
そして実際に、運転を停止させる事に成功しています。
また、当初は非常用ディーゼル発電機が起動し、原子炉を冷却するための高圧冷却系も作動。
ここまでは「想定内」の被害対応が進んでいました。
余震が続く中でも懸命に対処した現場の作業員達の働きぶりは、もっと評価されてよいと思います。
しかし、結果的に1~4号機全てで水素爆発や炉心損傷に至ってしまいました。
一体、どの時点から被害が「暴走」していったのでしょうか?
地震と津波の直後から、外部電源と内部電源が次々に失われていきました。
それによって、炉心の冷却ができずに被害が進行していくのですが、より事態を深刻にさせたのが、隣接する原発同士が水素爆発や水素の大量発生によって、お互いに被害を「連鎖」させていった、という事です。
例えば、最優先で対処した1号機では、地震発生後の2011年3月11日18時46分頃から早くも炉心損傷が始まり、水素が大量発生。
翌2011年3月12日の15時36分に水素爆発を起こしました。
原子炉内の水位が低下する中、注水もできずに、燃料棒が露出(=TAF到達と呼びます)したかどうかの判断もできないまま、事態が進行したのでした。
ちなみに、2号機や3号機を見れば分かるように、燃料棒が露出して以降、水位が下がるにしたがって、炉心損傷は一気に進んでいきました。
さらに、この1号機の水素爆発で、2号機で交流電源の復旧のために作業していた電源車が損傷。
その結果、給電ができなくなってしまったのです。
加えて、2号機より以前に原子炉隔離時冷却系(RCIC)と高圧注水系(HPCI)という2つの高圧冷却系が停止した3号機で、2011年3月14日午前11時1分に水素爆発が発生。
その爆発によって2号機で注水準備中だった消防車が損傷してしまいました。
こうして、隣接する1号機と3号機の度重なる爆発のために、2号機の対応は遅れ、冷却が停止して2011年3月14日17時過ぎには燃料棒が露出。
その後、炉心損傷が進み、水素大量発生に至ったのです。
また、3号機で大量発生した水素は、隣の4号機に流入したと推定されています。
4号機はもともと停止中だったのですが、結局、2011年3月15日午前6時過ぎに水素爆発を起こしてしまいました。
1号機は、地震で全ての外部電源を喪失したものの、原子炉は緊急停止(スクラム)し、非常用のディーゼル発電機も自動起動しました。
しかし、津波の襲来によって、非常用電源や直流電源、電源盤などが冠水。
さらに、海側にあった冷却用の海水ポンプが損傷しました。
全電源の喪失と相まって、炉心を冷やす機能も失われます。
同様に、圧力容器・格納容器内の圧力や熱を制御するためのバルブの駆動も困難になり、ベント(減圧・排気)機能まで喪失してしまったのです。
その結果、原子炉内の水位が低下。
地震の4時間後には燃料損傷が始まったと推定されています。
1号機は、非常時には、原子炉で発生した蒸気を非常用復水器(IC)によって水に戻して再び原子炉に送る事で冷却する構造になっていますが、実際にはこのICはほとんど機能しませんでした。
その後も高圧注水ができなかったため、あっという間に水位が低下し、空焚き状態になったと見られています。
加えて、水素爆発への警戒や水素発生時の対策が不十分だったため、地震発生から約24時間後の2011年3月12日15時36分に原子炉建屋が爆発で吹き飛んでしまいました。
2号機でも、地震後の緊急停止(スクラム)は想定通り行われましたが、地震と津波で全交流・全直流電源が失われてしまいました。
しかし、原子炉隔離時冷却系(RCIC)を起動でき、原子炉への注水を開始。
2011年3月12日未明には、炉内の水位が維持されている事が確認されました。
さらに、津波の被害を受けていなかった冷却系統を利用して注水しようと模索。
水没を免れた電源盤に電源車を接続すべく作業していましたが、2011年3月12日15時36分、隣の1号機の水素爆発によって、2号機の電源車・ケーブルが破損し、使用不能になりました。
また、格納容器内の高圧化を防止するため、2011年3月12日17時30分にベント(排気)の準備を開始。
それらと並行して、消防車による海水注水ラインの準備を進めていましたが、今度は3号機が2011年3月14日11時過ぎに水素爆発した事により、2号機の圧力抑制室(S/C)の排気弁が故障して閉まったままになります。
同時に、消防車・注水ホースが破損して、注水手段が絶たれてしまいました。
その後、2011年3月14日17時17分から燃料損傷が始まったと見られ、2011年3月15日6時過ぎに圧力抑制室の圧力が急低下した事で、現場は緊迫。
格納容器に「穴が開いた」と推定されます。
放射性物質の放出量はこの2号機が最大となり、深刻な結果をもたらしました。
震災当日の2011年3月11日に一気に炉心損傷が始まったとされる1号機に比べ、2号機と3号機は相対的には損傷の進行が遅くなっていました。
そのため、まず1号機への対応を優先した結果、消防車などの手配が後回しになり、被害が拡大しました。
さらに2号機と3号機を比較してみると、両者の大きな違いの1つは、3号機では津波を受けた後も、バックアップ用のバッテリーが生き残っていた事です。
この直流電源のおかげで、3号機はしばらくの間、原子炉隔離時冷却系(RCIC)や、高圧注水系(HPCI)用の電源、計器類などに電気を供給する事ができたのです。
しかし結局、その「僥倖」を生かし切れませんでした。
2011年3月12日11時36分にはまずRCICが停止します。
所内の消防車は1号機に使用中で、HPCIを起動し対応しましたが、2011年3月13日2時42分になって、低圧冷却系への切り替えのためHPCIを停止。
約1時間半後には燃料が露出し始めました。
同日8~9時に炉心損傷が始まったと推定されます。
そこで社員の自家用車のバッテリーまで使って減圧を実施したものの大幅に時間がかかり、さらに余震の頻発と消防車など資機材の不足で注水作業は遅延。
2011年3月14日11時1分、3号機「建屋」(圧力容器・格納容器ではない)は水素爆発で吹き飛びました。
そして隣接する2号機、4号機の被害を拡大する連鎖が起きたのです。
4号機は、2010年の11月から定期検査で運転停止中だったため、4・5階部分の使用済み燃料プールに保管されていた燃料の冷却をどう維持するかが問題となりました。
1~3号機と同様、4号機も地震で全外部電源を失い、さらに液体が揺動する「スロッシング」現象の結果、燃料プール内の水が漏れ、0.5mほど水位が低下したと推定されます。
ここまでは「想定内」でした。
また、津波によって非常用電源や電源盤が冠水し、全交流電源が喪失。
その他、海側にあった冷却用海水ポンプが冠水・損傷するなど、使用済み燃料プールの冷却機能が失われ、蒸発による水位の低下が懸念されましたが、調査の結果、使用済み燃料の頂部到達は2011年3月20日頃になると予想されたため、他号機の対応が優先されました。
実際、2011年3月14日4時過ぎにプールの温度は84℃で、沸騰まで至っていない事が確認されていたのです。
ところが、その7時間後の同日11時過ぎ、3号機で水素爆発が発生。
そして翌2011年3月15日6時14分頃に4号機の原子炉「建屋」(圧力容器・格納容器ではない)も爆発してしまいました。
2011年3月16日には火災も発生しましたが、これらの原因は判然としていません。
東電は、3号機の滞留水素が4号機に流入して爆発したものと推定していますが、運転停止中であっても爆発が起きるという教訓は重要だと思います。

●北海道の発電能力780万kWのうち200万kW(泊原発分)が欠け、残り580万kWの発電所で電力を供給しているということだ(これ以外にも新電力の太陽光・風力があるが、大停電では役に立たない)。
北海道の2017年冬の最大消費電力は525万kWだったから、すべての火力をフル稼働しても余裕は55万kWしかない。
また苫東4号機(70万kW)のような大きな火力が落ちたら大停電だ。
原子炉等規制法では新規制基準の適合性は【運転と並行して審査】することになっており、これを「田中私案」という個人的メモで無期限に止めている原子力規制委員会の運用は違法である。
こういう状態を作り出したのは民主党政権だが、法的根拠のない「活断層」問題で暴走する原子力規制委員会を止められない安倍政権にも大停電の責任がある。

fpa********さん

2018/9/1609:49:27

●福島第1原発の5号機と6号機は、定期検査停止中だったため、難なく冷温停止に至ったかのように思われています。
しかし、実際は5・6号機においても、原子炉内で上昇する圧力や熱を制御するために、綱渡りの作業が続けられていました。
まず、地震発生時に、福島第1原発の1~4号機と同様に、外部電源が失われました。
それでも、設計通りに非常用ディーゼル発電機が自動起動しました。
5・6号機はその直前の時点で燃料が原子炉に装荷されている状態にあり、5号機では炉内の圧力は約7MPa(約70気圧)、水温は90℃だったことが判明しています。
そこに、大津波が襲いかかりました。
その結果、5号機では非常用ディーゼル発電機を含むすべての交流電源が喪失しましたが、6号機ではたった1基だけ非常用ディーゼル発電機が運転を継続できていたのです。
この唯一生き残った非常用電源は、海抜13.2mの位置にあった空冷式の電源装置でした。
福島第1原発では、多くの非常用発電機が海水を使った水冷式で、海側に冷却水を汲み上げるためのポンプが並べてあったため、そのほとんどが津波の被害を受けて、復旧に手間と時間がかかりました。
しかし、この空冷式は高所に設置されており、また、空冷式のため冷却水を海から取る必要がなかったことから津波の被害を免れたのでした。
5号機では、直流電源(バックアップ用の蓄電池)がかろうじて生き残っていました。
そこですぐに12日早朝から隣接プラント間の電源融通のための本設ケーブルを通じて、6号機の非常用電源からの受電を開始しました(直流電源の維持)。
さらに仮説ケーブルを敷設して、13日の夜には6号機からの交流電源も確保できた結果、復旧作業に必要な機器への電源供給ができるようになりました。
こうしていわば「時間稼ぎ」をしている間に、電源車からの仮説電源の準備が整い、3月19日には残留熱を除去する冷却系(RHR)の海水ポンプが起動。
使用済み燃料プールと原子炉の冷却を交互に実施して、最終的には原子炉を冷温停止に移行させることができました。
6号機では、空冷式の非常用電源1基と直流電源(蓄電池)が生き残っていっため、中央制御室の監視計器は無事に作動しており、原子炉や使用済み燃料プールの様子を確認しながら作業が進められました。
津波の後も生き残った6号機のたった1つの非常用電源は、まさに八面六臂の活躍をしています。
この非常用電源によって、腹水貯蔵タンクの水源を使った腹水補給系ポンプの電源も確保されていたことから、6号機では3月13日から原子炉への注水が可能となり、続いて使用済み燃料プールへの水の補給もできました。
あとは5号機と同様、RHRの海水ポンプが起動して、原子炉の冷温停止に成功しています。
5・6号機では、地震発生以降、原子炉及び使用済み燃料プールの水位は維持されていることが計測されており、水素ガスが発生する状況にはないことが分かっていました。
しかし、稼働中の1・3号機のみならず停止中の4号機までもが水素爆発したのを考慮して、5・6号機では念のためボーリングマシーンを使って、原子炉建屋の屋上3カ所に直径3.5~7㎝の穴を開けました。
交流電源が1つ確保されているだけで、様々な対策が可能になることが分かります。

●北海道の発電能力780万kWのうち200万kW(泊原発分)が欠け、残り580万kWの発電所で電力を供給しているということだ(これ以外にも新電力の太陽光・風力があるが、大停電では役に立たない)。
北海道の2017年冬の最大消費電力は525万kWだったから、すべての火力をフル稼働しても余裕は55万kWしかない。
また苫東4号機(70万kW)のような大きな火力が落ちたら大停電だ。
原子炉等規制法では新規制基準の適合性は【運転と並行して審査】することになっており、これを「田中私案」という個人的メモで無期限に止めている原子力規制委員会の運用は違法である。
こういう状態を作り出したのは民主党政権だが、法的根拠のない「活断層」問題で暴走する原子力規制委員会を止められない安倍政権にも大停電の責任がある。

emi********さん

2018/9/1609:47:04

●福島第1原発では炉心溶融や水素爆発が起きましたが、そこから南へ約12kmほど離れた福島第2原発でも、震災時には4基の原子炉が稼働中で、やはり巨大地震と大津波により、いずれの原子炉も危機に晒されました。
両者の運命を分けた要因の1つは、電源の有無でした。
福島第2原発は約8km内陸に入った新福島変電所から外部電源を取り入れており、50万Vの「富岡線1・2号」、6万6000Vの「岩井戸線1・2号」という2系統4回線がありました。
このうち富岡線1号だけが生き残り、残る富岡線2号は地震により停止、岩井戸線1号は定期検査のため停止中、岩井戸線2号は地震の後に変電所の不具合が発生したために停止しました(翌日2011年3月12日に復旧)。
一方、内部電源は、もともと各号機に3台ずつ非常用電源が設置されていましたが、1・2号機は津波で6台全てを喪失。
3号機は1台、4号機では2台の非常用電源を喪失しました。
福島第1原発で生き残った非常用電源が「空冷式」だった事に象徴されるように、非常用電源は、単に本体が健全であればよい訳ではなく、発電機の冷却系統も維持される必要があります。
結果的に、この外部電源1回線と非常用電源3台が、福島第2原発を救う鍵になったのです。
福島第1原発と同様、第2においても地震後の原子炉の緊急停止(スクラム)は行われ、大きな問題はありませんでした。
福島第2原発の外部電源は「富岡線1号」と呼ばれる1回線がかろうじて確保できたおかげで、1~4号機ともに、常用電源・非常用電源への給電が維持できました。
ところが、そこに想定を超える巨大津波が襲いかかりました。
その結果、福島第2原発も一時、窮地に立たされます。
津波が集中的に遡上した福島第2原発1・2号機では、非常用電源の「高圧電源盤(M/C、通称メタクラ)や「低圧動力用電源盤(P/C、パワーセンター)が一部使用不能となりました。
また、非常用電源そのものが被水した他、その発電機を冷却するためのポンプが海側の低い土地にあったために起動できなくなり、結局6台全ての非常用電源が使用不能になりました。
それらに加え、循環水ポンプが停止した事により、蒸気を凝縮して水に戻すための復水器が使えなくなったため、事故対応のマニュアル通りに「主蒸気隔離弁(MSIV)」を閉じた上で、「逃がし安全弁(SRV)」を開いて原子炉で発生した蒸気を圧力抑制プール(S/C)に逃がし、原子炉の圧力を低下させました。
格納容器とつながっている圧力抑制プールに蒸気が流れ込んだ結果、格納容器上部にあたる「ドライウェル(D/W)」内の圧力が上昇。
1号機では、津波襲来から2時間後の2011年3月11日17時35分に警報が発せられました。
これを受けて、非常用炉心冷却系(ECCS)ポンプの自動起動信号が発せられましたが、その肝心のポンプが使用できなくなったため、別の方策を取る事を余儀なくされました。
格納容器には、可燃性のガスである水素による爆発を防止するため、水素と酸素を再結合させて容器内の水素の濃度を下げる「可燃性ガス濃度制御系(FCS)」というシステムがあります。
この冷却水排水ラインを使って、冷却水を圧力抑制プールに注水するとともに、ドライウェルなどの冷却を実施しました。
こうした作業と並行して、応急の仮設ケーブルを敷設し、外部電源から受電されている電気を使って、停止した炉心から発生する残留熱を除去する機器の冷却系(RHR)や非常用ディーゼル発電機の冷却系などを復旧。
2011年3月14日未明には、残留熱冷却系の起動を開始し、冷温停止状態に移行しました。
2号機でも、格納容器上部のドライウェル内の圧力が上昇し、津波襲来から3時間半後の2011年3月11日18時50分に、1号機と同様の警報が発せられました。
その後の対応は、1号機とほぼ同時か数時間遅れで、同様に実施された事が分かります。
このように、福島第2原発1・2号機のケースでは、非常用発電機が津波で全て使用不能になっても、外部電源が1回線でもあれば、幾つかの冷却システムを活用して、何とか原子炉の冷却ができる事を証明したとも言えます。
福島第2原発3・4号機においても地震後の原子炉の緊急停止(スクラム)は無事に行われました。
また、外部電源で唯一生き残った「富岡線1号」1回線を経由して、常用電源・非常用電源への給電が維持できました。
福島第2原発1・2号機との大きな違いは、津波による被災後、1・2号機では6台の非常用ディーゼル発電機が使用不能になったのに対して、3号機では2台、4号機では1台が機能したという事でした。
これは、1・2号機が1号機南側の通路を津波が集中的に遡上した事による被害が大きかったのに対して、通路から比較的離れた3・4号機は海水や瓦礫の被害が小さかった事によるものです。
3・4号機ともに非常用発電機の本体は、全て使用可能な状態にありましたが、3号機は3台の内1台が、発電機を冷却するためのポンプが起動できず、発電機能を喪失していました。
3号機では、原子炉内の減圧のため、1・2号機と同様に「主蒸気隔離弁(MSIV)」を閉じた上で、「逃がし安全弁(SRV)」を開いて蒸気を圧力抑制プール(S/C)に逃がす作業を続けました。
その後、やはり格納容器上部にあたる「ドライウェル(D/W)」内の圧力が上昇し、津波襲来から約4時間半後の2011年3月11日19時46分に警報が発せられました。
このため、残留熱を除去する冷却系が起動し、圧力抑制プールの冷却と、圧力容器内への注水とを切り替えるなどして対処しました。
その結果、被災翌日の2011年3月12日の昼12時15分には、いち早く冷温停止状態に移行しています。
3号機の例から、外部電源1回線に加えて、残留熱を除去する低圧冷却系が使えれば、いかに早く事故対応ができるかが分かります。
結果的に、4号機も冷温停止に移行できましたが、1・2号機よりも遅い2011年3月15日までかかってしまいました。
4号機では、津波によって、海に熱を逃がすための海水ポンプ用モーターが起動できず、止まったままでした。
そのため、2011年3月12日未明までは3号機と同様の対処をしていましたが、それと並行して、使用不能となった冷却系の電源復旧を図るため、3号機の非常用電源から仮設ケーブルを引っ張ってきたり、柏崎刈羽原発から代替モーターを陸送して、熱交換器建屋に搬入するために、壊れて開かなくなった扉を破壊して設置するなどの応急作業が続けられました。
2011年3月14日になって、ようやくそれらの準備が整い、本格的な注水・冷却を実施して2011年3月15日朝に冷温停止に至りました。
このように、4号機を見れば、外部電源や非常用発電機が生き残っていたとしても、それらを冷やす冷却源が確保できていなければ、1・2号機と同じか、それ以上に冷温停止まで時間がかかってしまう事が分かると思います。

●北海道の発電能力780万kWのうち200万kW(泊原発分)が欠け、残り580万kWの発電所で電力を供給しているということだ(これ以外にも新電力の太陽光・風力があるが、大停電では役に立たない)。
北海道の2017年冬の最大消費電力は525万kWだったから、すべての火力をフル稼働しても余裕は55万kWしかない。
また苫東4号機(70万kW)のような大きな火力が落ちたら大停電だ。
原子炉等規制法では新規制基準の適合性は【運転と並行して審査】することになっており、これを「田中私案」という個人的メモで無期限に止めている原子力規制委員会の運用は違法である。
こういう状態を作り出したのは民主党政権だが、法的根拠のない「活断層」問題で暴走する原子力規制委員会を止められない安倍政権にも大停電の責任がある。

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