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江戸時代の札差について

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ID非公開さん

2018/9/2417:17:44

江戸時代の札差について

蔵米の受け取りと売却とはどういうことですか?
米を現金に換えて旗本に渡すというのはわかるんですけどそれは蔵米の受け取りということですかね、そしたら売却っていうのはなにをすることですか??

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ohi********さん

2018/9/2417:48:30

幕領から収穫した米は浅草の御蔵に貯蔵(蔵米)し,それを旗本・御家人に俸禄米として支給していました。しかし,彼らは米だけをもらっても生活ができず,米を現金に交換する必要があったのです。

この米と現金の交換を請け負ったのが札差(蔵宿)であり,御蔵から米を受け取り,それを札差の店舗まで輸送し,米問屋などに売却して現金化したのです。その現金を旗本や御家人に手渡しました。

もちろん,札差は旗本・御家人から蔵米の輸送料を,米問屋からは売却の手数料を徴収しますから,資金が潤沢になり,それを元手に金融業(高利貸)も行いました。

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pla********さん

2018/9/2418:03:08

給与米支給の季節になると、幕府勘定所の御張紙が公示され、支給米を渡す日も指定されました。俵取りや扶持米取りは、使用人を連れて蔵米所の札差場に行き、積まれた支給米に自分の姓名を書いた紙を竹で挟んだものを差し込み、そして支給当日に借りた荷車や馬で受取に行きましたが、その混雑は一通りではなく、しばしば争いが起きたりするので、幕府はしばしば取り締まりの禁令を出しましたが、うまくいきませんでした。そこで幕府は天和年間(1681~1683)から玉落としと言う籤引き方法を考えましたが、それでも混雑し手数と日数もかかるので、受け取るものは蔵米所の近くに住む商人や水茶屋の者に給与米受け取り代行を依頼し始めました。この依頼を受けた者が、後の札差業で、俗に札差と言っていました。札差は給与米を代行で受け取ると共に、食扶持以外の余分の米も、御張紙相場での売却代行を請け負っていました。受け取り代行手数料は100俵に付き金1分、売却手数料として100俵に付き金2分を請求していました。

tmy********さん

2018/9/2417:49:42

旗本たちは米を給料としてもらいますが、その量は何百キロにもなります。
そんな量の米をもらっても、置いておく場所がないので、札差が米を預かっておきます。これが受け取りです。

米が給料でも、世の中にはお金というものがありますから、米だけで買い物はできません。
そこで、米をお金に変えるために、札差は米を売ってお金にして、旗本に渡します。これが売却です。

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