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徐福が紀元前200年頃に日本と思われるところで王になったと中国の史書に書かれてい...

ぷーさん

2018/10/713:24:27

徐福が紀元前200年頃に日本と思われるところで王になったと中国の史書に書かれているのは本当ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

gpx********さん

2018/10/713:55:05

まず、『史記』秦始皇本紀の二十八年(前219)条に、徐福らが始皇帝に
「海上に三神山(蓬莱・方丈・瀛洲)があり、仙人が住んでいるので、童男童女を供に、不老不死の妙薬を求めに行きたい」と上申したと書かれています。
そして、徐福は九年後に帰還しますが、薬は得られず、
「薬は見つけたのだが、大きな鮫に邪魔されてたどり着くことができなかった」
と偽りの報告をしたといわれています。

ところが、『史記』淮南・衡山列伝になると、
「海神に不老長寿の薬を見せてはもらえたが、始皇帝の礼が薄いからと、取ることを許されなかった」
と、この偽りの報告の内容が変わります。
そして、始皇帝は薬を手に入れるため、良家の男女三千人、五穀の種子、各種の職人を徐福に託し、再度渡海を命じます。
徐福は平原広沢を得て王となり、二度と帰って来なかった、と書かれています。

ーーー

この“平原広沢”の地が日本を指すのかどうかは定かではありませんが、仮に日本に来たのであれば『古事記』や『日本書紀』にも登場すると思われるところが、六国史の中にも徐福の名は出て来ません。

ちなみに、日本文学の中に徐福が登場するのは、平安時代の『宇津保物語』が最初です。

徐福の存在自体はほぼ確実と見られています。また『史記』に記された求仙渡海事件も史実と考えられます。
ただ、徐福が日本に渡来したのかどうかは、はっきりしていません。

質問した人からのコメント

2018/10/7 14:34:38

勉強になりました。

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