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阪急では京都線のほうが神戸線と宝塚線より車両限界が大きいのは何故ですか?

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ID非公開さん

2018/11/1613:09:36

阪急では京都線のほうが神戸線と宝塚線より車両限界が大きいのは何故ですか?

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lD非公開さん

2018/11/1616:26:49

神戸や宝塚の住民よりも京都の住民の方が統計的に太っているからです。なので同じ人数を載せようと思えば車両限界を大きくして車両自体も大きくしないといけません。

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ベストアンサー以外の回答

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han********さん

2018/11/2017:49:13

京都線が堺筋線と相互直通運転をするにあたり、車両幅を堺筋線に合わしただけ。

hem********さん

2018/11/2010:37:05

もともとが「新京阪」という別事業者だったから...というのもありますが現在の規格に落ち着いたのは堺筋線との乗り入れ協定の関係が大きいです。
当時阪急は標準車体寸法として全長19000mm、全幅2750mmという規格を定めていたものの大阪市側はもともと新京阪線には車体幅の大きいP-6が走っていたことや大阪市としては他路線に規格を合わせたかったことから全長18700mm、全幅2890mmを提示してきました。
結局、阪急側の交渉の結果最終的には阪急標準車体寸法に近い全長18900mm、全幅2800mmで落ち着くこととなりましたが、完全統一はかなわず。
現在でもその若干の差が残っている...というわけです。

blu********さん

2018/11/1704:16:45

京都線は阪急が建設した路線ではなく、もともと「新京阪」という京阪電鉄系の会社が敷設した路線だったためです。そのため規格が違うのも当然の帰結です。

戦時統合の前に親会社の京阪と合併の後、戦時統合で阪急と京阪が合併し、戦後分離するときに新京阪線は阪急の帰属になったという経緯があります。

2018/11/1700:34:00

一言で言うと元京阪だから
戦時中に阪急神宝線と京都線が合併され、現在の阪急と化した。
5100系がデビューしたときは神宝京の統一化を考えたが5300系のデビューや大阪市営地下鉄との乗り入れを当面続けることも含め、神宝と京でまた別の道を歩むこととなった

amt********さん

2018/11/1616:16:02

元々京都線は京阪グループの
会社が建設したため

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