ここから本文です

鎌倉末期あたりは、まだまだ関東の土地を基盤とした武士の力が強かったのでしょう...

dyw********さん

2018/12/400:06:15

鎌倉末期あたりは、まだまだ関東の土地を基盤とした武士の力が強かったのでしょうか。

畿内や西国には、初期の商工業、交易、運輸のようなことをなりわいにしていた様な武士もいたようですね。

かれらは、商いによって喧嘩をする軍資金を得ていたのですね。
悪党と言ったりもしますよね。
こういう商業を軸とした勢力は、関東の土地を基盤としたいわゆる武士に比べると弱かったのですか。
シティー派武士が強くなってくるのは、もう少し後ですか?

閲覧数:
14
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

nic********さん

2018/12/409:01:48

関東御家人が、狭い関東の本領から地方の広い植民地的な所領に居を移すのは鎌倉末期から南北朝期です。
そして、南北朝の騒乱で、統治が困難となった遠隔地の所領は売却や交換されるなどして領地を近くに集めることが広まりました。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる