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日露戦争はイギリスの代理戦争だったのですか?

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mad********さん

2018/12/908:51:57

日露戦争はイギリスの代理戦争だったのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kii********さん

2018/12/1313:24:00

アヘン戦争から始まり、クリミア、アフガン、アロー、日露、第一次大戦。
それらは全て英露のグレート・ゲームが基盤となっています。

イギリスはその世界戦略として、多極的世界秩序の構築を最重要視していた。
自国の覇権のみで世界を圧するのではなく、世界中に自国と価値観を共有する同盟国を作って、それぞれの利益に沿って協調的覇権=平和を作り出すことが目的です。
それは、平和は経済の成長を生み、戦争は資本を破壊し成長を阻害するからです。
資本主義にとって成長はシステムの根幹をなす何よりも重要なことですから。

ですから極東のパートナーとして、イギリス主導の世界戦略の一極として日本はある意味理想的でした。
少なくともこの時点では。
自国から遠く離れ、ヨーロッパに憧憬を抱き、国際法を遵守しようと努力し、そして地勢的にロシアと対立している。
つまり、同盟の題目が対ロシアが主軸であったのは確かですが、日英同盟のそもそもの締結の思想は次元がもう一つ上のものです。日露戦争は結果としては代理戦争の形態となったが、言い換えればイギリス主導の資本主義世界秩序構築のための戦争の一環であったわけです。

対するロシアの思惑は不明です。
ロシアは伝統的な南進政策によりイギリスと主に3カ所でぶつかり合います。
一つは黒海、一つはアフガニスタン、一つは極東です。
ロシアはこの三カ所から順番にちょこっと頭をだしては叩かれ引っ込み、他のところでちょこっと頭を出してまた叩かれる、を繰り返している。俯瞰してみるとその様相は滑稽ですらある。この構図はイギリスから覇権を譲渡されたアメリカが引き継いで現在も継続中ですが、そもそも、なぜロシアはこういうモグラ叩きのようなことを延々繰り返しているのか。それは、実は誰にもわからない。少なくとも我々庶民レベルでは。

もしかするとそこには深い陰謀説が絡んでいるのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
結局のところ、その根底に流れているのは国益というよりもスラブ民族の情念、ゲルマン人に対する深い劣等感であって、南下政策自体は目的ではなく、劣等感を拭い去るための手段に過ぎない、ということなのかもしれません。
その観点から見れば日露戦争はロシアにとって戦っている相手はあくまでもイギリスであり、日本ではなかったと言えます。
日本はあくまでも中国利権を得るために排除する一地方勢力にすぎず、中国利権はイギリスを圧倒するために手に入れたかった資材だったわけですからね。

質問した人からのコメント

2018/12/13 13:47:34

皆さん、ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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bot********さん

2018/12/1102:03:13

グレートゲーム、ですね
そういう面がかなりあります
まず
イギリスはインドより、ロシアはユーラシア北部より、ユーラシア大陸を舞台にした一種の陣取りゲームをしていました
例えば中東ではクリミア戦争、ペルシャや中央アジアでもアフガン戦争が起きています
その極東方面が日露戦争というわけです
特にイギリスには陸軍力に自信がない以上、現地勢力か有力な同盟国が不可欠となります

que********さん

編集あり2018/12/915:38:53

後ろ盾がいたが故の日本自身のための権益の奪い合い

tos********さん

2018/12/909:53:34

日本にとっては、イギリスの支援が無ければ、戦争出来ませんでした。軍艦、砲弾の供給を受けています。
しかし、イギリスとしては、あそこまで戦って勝利するとは、想像していなかったし、期待していなかったと思います。(やりすぎ?)

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