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精神の人さんへ あなたは 【人格的とは存在そのものが問いという事じゃないで...

non********さん

2018/12/2612:33:01

精神の人さんへ

あなたは
【人格的とは存在そのものが問いという事じゃないでしょうか?】
と質問していますが

あなたの存在が問題なのですか?
僕はそー思います♪

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

its********さん

2018/12/2617:49:08

「存在そのものが“問い”」これはどうゆうことか。

“問い”とは何なのか。問いとは例えばその物事に対して、問題点やら矛盾点、疑問点などが見られる場合「どうしてこうなるのか」という考えそのものである。

つまり「人格的とは存在そのものが問い」とは、前提として「人格という概念への挑戦」と見ることもできるのである。

さて、人格への問い、つまりは挑戦という概念は太古の昔から“あった”ものの、殆ど大きな論争には発展しなかった。何故なら人格とは、
自分そのものであり、人間そのものである。他人の人格を騙せても、自分の人格は、思い込みや暗示によってある程度“変質”する事はあっても、その本質が壊れる事という事が有り得ない、という考えからである。 デカルトの「我思う、故に我在り」などがそれである

だが、「人格への問い」である。人格に対して疑問を持たなければならない、というのが 哲学の王道であろう。

ところで最近、このような事が哲学者の間で囁かれている。

「我々が、視覚や聴覚の受容器からの生データを直接には味わっていないことはよく知られています。

生データは高次脳機能に送られて、我々にとって親しみあるものに再処理されたあと、初めて

意識的にフォーカスできるようになります。事故によって高次の色覚機能を失い、生データに

近い視覚世界を体験した人が例外なく、この世界を、『汚い』・『不気味』・『邪悪』と感じることを、

著書『火星の人類学者』で、イギリスの脳神経科医オリヴァー・サックスは指摘しています。」



これはどうした事だ。 これだからデカルトなど信用できないのだ!!

質問した人からのコメント

2018/12/31 09:36:31

回答ありがとうございました

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