ここから本文です

旧軍の海軍兵学校や陸軍士官学校というのは、今の偏差値でいうとどれくらいのもの...

アバター

ID非公開さん

2019/1/919:01:42

旧軍の海軍兵学校や陸軍士官学校というのは、今の偏差値でいうとどれくらいのものだったのでしょうか?

かなり難関だったというのは聞いたことありますが、具体的にどれくらいだったのかを疑問に思い質問させていただきました。

閲覧数:
592
回答数:
5

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

ppi********さん

2019/1/921:32:28

授業料が無料なのと、エリートへの道ですから、中学卒の成績上位者しか受けられません

しかし都会の人たちは、徹底して避けていたので イナカの秀才がそろって入学していました。
真の意味で世の中を知らない連中ばかりが入学したので、大人からみると「変な奴ばかりが士官になる」といわれてました。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

pri********さん

2019/1/1320:41:15

偏差値ごとの人数イメージが無いのでわからんが、トップ1%は旧制高校から帝国大学行ったから、その次の2%目くらいじゃ無いかな。
つまり50人の1位で今だと一橋や大阪大学あたりじゃ無いか。

ただ貧乏人の子は旧制中学の学費払えないからトップ0.1%なんてのが士官学校に行ったそうだけどね。

kuronekofanさん

編集あり2019/1/1420:10:11

士官学校などは学歴不問で、小学校卒の合格者も毎年1割ほどいましたが、一般に受験可能な学力を得るには旧制中学や師範学校、甲種実業学などに進学する必要があり、それらの全体の進学率は大正後半より頭打ちになり、男子は20%、女子は15%で推移し、昭和15年から少し増えている状況です。

中等学校の生徒の大半はそのまま就職しました。
進学希望者は卒業者の3割程度です。
時代的に中等学校を出ればステータスになった時代です。高校大学はごく一部のエリートの学校とみなされてました。

また、旧制度では高等教育機関は官立でも結構高額の学費ごかかるので、裕福で無いと進学が難しい構造でした。
しかし士官学校は学費無償、卒後に高等官になれるというのは魅力であり、競争率は常に5倍前後ありました。

当時、攻玉社などの予備校や模擬試験もあり、70点がボーダーとされた様です。
競争率から見た偏差値は国立型の56に該当し、学力的には国立型の60程度(センター試験で概ね75〜80%)ではないかと推定されます。
意外に偏差値は低いと思うかもしれませんが、国立はそもそも受験者が少ないのでそうなります。

私立型は全く対象外です。(偏差値80あっても不合格です)

rir********さん

2019/1/919:54:07

そうですか。
今の防衛大学校と同じ偏差値60前後では。
当時は大学進学者も少なくエリート?
海軍も陸軍もやはりエリートでした。

tak********さん

2019/1/919:04:17

体が健康なら入れたと聞いてます。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる