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私の曽祖父(明治時代生まれ)は広島高等師範学校を出たあとに農林省?の役人をして...

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ID非公開さん

2019/1/1204:06:54

私の曽祖父(明治時代生まれ)は広島高等師範学校を出たあとに農林省?の役人をしていたみたいなのですが、当時は師範学校を出ても教員にしかなれなかったと聞いたことがあります。

私の曽祖父のようなパターンは珍しいのでしょうか

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met********さん

2019/1/1208:59:52

役人というのは、高級官僚という意味でしょうか。
高等師範学校出身者であれば高等文官試験の受験資格があります。現在でいうと国家公務員試験の総合職という種別。
したがって、中央省庁のキャリア官僚に採用されることも可能でした。
ただし、当時、旧帝大以外の出身者が数字としてどの程度キャリア官僚に採用されていたのかは私にはわからないのですが。

そのほかに技術職員などのポストでは、高等文官試験を経ないものもあったはずです。こちらはよくわかりません。

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lok********さん

2019/1/1213:10:51

教員不足の時代には学校を出れば即戦力として学校へ送られるのが普通ですが、不足が収まれば普通に採用試験で役所に入るひともいたはずです。そのあたりではないですか。

ohx********さん

2019/1/1206:54:31

明治以降、様々な経歴を持つ人物が登場しますが、
・秋山好古は師範学校→教員→陸軍士官学校→日本騎兵の父。
・高橋是清は足軽の子で、米国で奴隷→文部省→英語教師(教え子、秋山真之、正岡子)→農務省→ペルーで銀山事業失敗→日銀→大蔵大臣→226事件で暗殺。
・石川啄木は代用教師→新聞記者→校正係
明治なら、学問の出来る人材を必要とされてましたから、各方面で活躍する機会がありました。
しかし、大正以降であれば、義務教育の普及で、国民全体の知性がレベルアップされ、進路が固定化されていったのかも知れませんね。

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