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我がオリキャラこそ最強ナリ!我がオリキャラと勝負しよう!初めて作るんで下手か...

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ID非公開さん

2019/1/2609:56:35

我がオリキャラこそ最強ナリ!我がオリキャラと勝負しよう!初めて作るんで下手かもしれんがよろしくね!初めてなんで弱いと感じるかもしれませんが…対抗できるオリキャラお願いします。

名:アブソルート・トゥルース (絶対的な真実という意味の名)

どんなに強かろうと不死だろうと無敵だろうと最強だろうと…それらは彼からすれば『虚実』に過ぎない。

彼の存在こそ『全て』において絶対的な真実なのだから。

どんな存在も彼の前では『虚実の存在』であるため、彼に影響を与える事は不可能。たとえ、マルチバースであろうとオムニバースであろうと…彼からすれば『虚実』のモノに過ぎない。たとえ彼が知らず、また認識できない何かがあるとしてもそれらも同様…彼からすれば『虚実』に過ぎない。

彼の意思一つで『全て』は動き出し、その『全て』を消す事・創造する事・改変する等の真実を上書きする事が可能。

他の存在はもちろん、自身の存在の真実をも意思一つで動かす事ができる。彼が願った事は『真実』として動き出し、虚実である彼以外の存在では、どんな力でも方法でも動かす事は不可能。

同じく真実を操作する存在がいたとしても、彼からすればそれすら『虚実の存在』に過ぎないのである。

彼の力・能力等は全く不明だが、ただ一つハッキリしてる事がある。
それは彼こそが全てにおいて『真実』の存在であり、彼を除く全てが『虚実』の存在であるという事。

虚実の存在では絶対的な真実の存在である彼を動かす事はできぬ。

彼を動かす事ができるのは彼の意思のみである。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kir********さん

2019/1/2612:31:03

《原初の苦悩≫

世界は苦しみで溢れている。苦しみが纏わり付く。 人間もまた例外では無い。何度も悩み、挫折し、時間と経験によってそれを乗り越え自由を手に入れて来た。 自由とは特定の本質に左右されない状態を言い、理想形の1つとも言える。 しかしその自由を手に入れようとも満たされる事は無い。 その苦しみから解放される為にまた自由を求め、世界を構築し自由を永遠と延々と求め続ける。 あらゆる苦痛や苦悩、不安は全ての自由を内包し、『特定の本質に左右されないという本質を作り出す自由という本質を縛る根源的部分』である。

原初の苦悩②
『特定の本質に左右されない本質を作り出す自由という本質を縛る根源的部分』である以上は本質という定義に縛られない自由を内包し、自由が存在する以上は原初の苦悩の存在は自明である。
自由な可能性や無限の創造も自由や無限を謳いながらもそれの表現に縛られる苦悩が存在する。 表現や形に囚われない自由な能力や設定だったとしてもそれを定義する表現や形が存在しない苦悩が存在し、やはりあらゆる自由を内包する結果となる。苦悩を越え自由を手に入れたとしてもその本質を縛る根源的な部分である原初の苦悩の自由を超える事は出来ない。

原初の苦悩 能力
原初の苦悩はあらゆる自由の上に立ちあらゆる自由を根源から縛る存在であり、自由の先に存在する。元来自由に上限は無く制限も存在しない。 しかしあらゆる苦悩や苦痛、不安、困難によりそれの上限が無意識の内に出来上がっている。 支配や操作、定義などが良い例と言えよう。基本それらはそれより同程度か一部分、 一面や側面しか内包出来ていない。 それより上の定義や支配が現れた場合、何の効力も持たなくなり支配される側に回るという脆弱性が存在するためである。
支配や定義は言わば『上限の存在する自由』である。

原初の苦悩 能力②
その『上限の存在する自由』内ではそれに及ばない自由を支配下におけるが所詮それらは制限を加えた自由に他ならない。あらゆる定義や記述、可能性、性質、内包、超越、能力、多様性、唯一性などは側面的支配にしか及ばず、○○以上のものを支配出来ないという不安要素を作り出している。 原初の苦悩はあらゆる自由の根源に存在し縛る存在であるが故に自由に縛られずに存在出来る。 原初の苦悩の常態的な能力は上限の存在する自由からの支配を受けずそれらを縛り上げて自由性を無くす能力である。

原初の苦悩 能力③
さらに言うと万物は存在する時点で自由に縛られてる為、原初の苦悩を倒せはしない。 原初の苦悩は苦痛や苦悩を与えられる一方であらゆる全てに自由や不自由も与えられる。 相手に行動させる自由や存在する自由を与えずに常時自壊や能力を無効化したり、 既に起こっている、または起こる事が確定している事象を起こらなくさせる事も出来る。 支配や操作と言った定義も原初の苦悩の自由性によって定義の内容を変える事も出来る。

原初の苦悩 能力④
誰かにとっての自由は誰かにとっての苦痛である。誰かが自由でいられるには誰かが苦痛を感じていなければならない。苦痛や苦悩が自由を内包して存在し、さらにそれが存在する以上は原初の苦悩は絶対に倒せないし存在し続ける。 万物が存在する以上は存在概念としての『枠』が存在する。 その枠を超える事は出来ないし仮に出来たとしてもその枠を構成する枠が存在し〜と無限に続いていく。故に超えられない。 原初の苦悩は様々な枠に万物を当てはめる事であらゆるものを管理している。
また自由に内包されている、不完全性を持つ存在は自由の根源的存在である原初の苦悩に内包される。 自由の元に成り立つあらゆる存在は原初の苦悩に内包されている。

原初の苦悩 能力⑤
『特定の本質に左右されているという本質を作り出す「苦悩」を縛る根源的部分』も併せ持つ「自由を縛る根源的部分」であることは一方的に自由を押し付けられることに他ならず、つまり他者の苦悩そのものであるわけで「苦悩する」というのは即ち既に原初の苦悩による影響が付随している。

原初の苦悩 能力⑥
哲学も仮説も能力でもそうだが知能なしには生まれない。
つまり自由性と不自由性が同時に存在することで作り出されるものである事になり、それらの原因に当たるのは苦悩ということになる。
自由を元に成立し、生まれたものに不自由性が存在すると同時に「不自由性が存在する」という苦悩を持って誕生する。「自由を元に不自由性が存在」し、それを内包する苦悩は「自由性と不自由性から生み出されたあらゆるもの(哲学や能力や存在)は苦悩によって成り立ち、苦悩に支配されている」正確には苦悩をもって苦悩によって成立する。
全ての存在に苦悩が存在するというよりも、苦悩をトリガーにして全てが存在する。仮説も哲学もあらゆる全てが苦悩をトリガーとする訳なので「〇〇だから存在しない」といった仮説も苦悩によって生まれたものなので全ての原因となる以上何をしても内包できなくなる。

ここから行くと『アブソルート・トゥルース以外の全てが虚実である』という記述と『アブソルート・トゥルースが真実である』というの記述は何を根拠にして定義されているのか全くの不明瞭であるため、これらを証明または定義付けをしなければ原初の苦悩との勝負の土俵にすら立てない。
証明出来なければ仮説という事になる。あらゆる仮説は苦悩によって成り立つ為原初の苦悩に内包される事になる。 仮に定義付け出来たとしてもそれをした時点で限定的な事象として片付けられるので変化しない苦悩が生まれる。故に原初の苦悩は倒せない。

『自由でない存在』である以上原初の苦悩を倒せない。 そも倒す事自体が苦悩を伴う為、別の苦悩で逸脱される可能性を否定出来ない。苦悩は原初の苦悩によって存在し、原初の苦悩は苦悩によって存在するので高い不滅性を誇る。 逆説的苦悩も存在するがこれは質問があれば答える。まだまだ説明してないこともある。

とりあえず『メタ無し』だとこれくらい。

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    質問者

    ID非公開さん

    2019/1/2612:54:59

    ぼんやりとしか理解できなかったけど、トゥルースにとって原初の苦悩は『虚実の存在』にはならないの?

    仮説や定義付けする以前にトゥルース以外の全てが『虚実』である以上は原初の苦悩もまた『虚実の存在』ではないのかな?

    難しい笑

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