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玉砕の形 第二次世界大戦での玉砕についての質問です。 玉砕する時に、司令官...

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ID非公開さん

2019/1/2710:49:47

玉砕の形

第二次世界大戦での玉砕についての質問です。
玉砕する時に、司令官が自決してその後に残った兵が全滅するまで突撃を繰り返すと聞きました。
それで不思議に思ったのですが、何故

司令官は自決するのですか?
どうせ死ななければならないなら、先陣を切って突撃するとかした方が残った兵の士気が上がるとか効果もあるような気がするのですが。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ama********さん

2019/1/2711:50:56

硫黄島の栗林忠道中将は、最後の総攻撃の指令文の最後に、自分が攻撃の先頭に立つと明記している。
※「予ハ常ニ諸子ノ先頭ニ在リ」
中将と行動を共にした兵も玉砕したので具体的にどうだったのかは分からず、栗林中将の遺体も発見されなかったが、中将も最後の総攻撃に参加したことは間違いないと思われている。

島嶼防衛防衛戦は、逃げ場がなく、降伏が許されていない状況では全滅するまで戦うしか選択肢がない。
そういう状況でも、軍旗が敵の手に渡ることは軍の恥とされており、部下の兵たちに玉砕攻撃の命令を下す司令官が、生きて捕虜になるなど、司令官自身にとっても、あってはならない話だった。

司令官が攻撃に参加すると、敵弾に倒れ、負傷したまま敵軍の捕虜となり、生き恥を晒してしまう可能性が出てくる。
だから、玉砕を前提とした最後の総攻撃を決定したら、軍旗と機密文書を焼き、司令官が自決したのちに総攻撃に移ることが通例だった。

ちなみに栗林中将の最後は不明だが、階級章など身分や個人が特定されるものはすべて捨てるなり剥がすなりして攻撃に参加したようだ。
そのために、戦闘終結後に、米軍は、見事な戦いぶりを発揮した硫黄島守備隊に敬意を表する意味で、栗林中将の遺体を綿密に捜索したが、発見には至らなかった。

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質問した人からのコメント

2019/1/27 11:59:36

なるほど。納得できました。
日本軍の捕虜に対する風習あたりからの起源なんですね。

とりあえずネットで拾った適当な事を書いてきた方を除いてありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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ina********さん

2019/1/2711:41:21

全滅した部隊の真相を伝わらないものです。
逃げ場が無い狭い島では生き残った日本兵を米兵が殺しまくっていて、それを玉砕としているだけで、大西洋横断飛行で知られるリンドバークなどは米兵による日本兵虐殺を語っていました。
いくら日本兵が勇敢だからと言って玉砕するほど勇敢な兵士ばかりだったわけではないはずで、インドシナやフィリピンではジャングルに逃げたり捕虜になっていました。

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chi********さん

2019/1/2711:32:29

歴史的な観点から敵に討たれるよりも自ら命を絶つほうが美徳とされるからです。文

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qqm********さん

2019/1/2711:18:02

司令官殿は、若くないので、突撃しても息が上がってしまい、前線までたどり着けない。他の兵士にとっては邪魔。

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