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松永久秀は織田信長の上洛を聞いて、降伏したのですか?

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ID非公開さん

2019/2/2319:02:59

松永久秀は織田信長の上洛を聞いて、降伏したのですか?

・13代将軍・足利義輝を襲って滅ぼしたのは、三好義継、松永久通、三好三人衆の軍勢。
・その後に、松永久秀は三好三人衆と対立。
・三好三人衆らは、阿波から足利義栄を担いで14代将軍にした。
・松永久秀は領国・大和で、筒井順慶との戦いに手を焼いていた。
・気がついたら、織田信長が足利義昭を担いで上洛した。
・慌てた久秀は、信長に降伏、茶器を差し出し、大和一国を安堵された。

*これが歴史の通説だと思います。

■しかし私は、松永久秀は、織田信長と連絡を取り合っていた。上洛に慌てて降伏したのではないと考えます。

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wkp********さん

2019/2/2319:15:20

貴方に逆にお聞きします。
どうして、信長と繋がっていると思うのですか。

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    質問者

    ID非公開さん

    2019/2/2319:52:34

    三好三人衆は、足利義栄を担いで14代将軍にしました。松永久秀は、足利義昭を担ぐ織田信長と連携して三好三人衆に対抗しました。上洛前に、信長が柳生宗厳(大和の国人)に出した手紙が残っています。上洛は久秀とよくよく相談していた事であると記されています。大和の国人に出した同様の手紙や朱印状が、他にも残っているからです。

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xyz********さん

2019/2/2716:09:59

松永久秀
足利幕府管領/山城・摂津・丹波守護細川晴元の被官・三好長慶に仕える。
後に三好家の実質的な筆頭家老となり三好長慶から大和一国の管理を任される。
将軍・足利義輝から長慶の嫡男・三好義興と共に御供衆に任じられ弾正少弼に任官し将軍家直参となる。
長慶が死没すると、三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)らと共に長慶の甥・三好義継を担いで三好家を支えた。
足利義輝を殺害した永禄の変は久秀が首謀者と言われているが、事件当日、大和国におり参加していない。また僧籍に入っていた足利義昭に久秀は誓詞を出している。
やがて久秀は畿内の主導権をめぐり三人衆と対立するようになり、三人衆が新たに担いだ14代将軍・足利義栄からも討伐令を出される。

足利義輝・義昭の直参として動いたまでです。

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