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芸能通に質問です

hir********さん

2019/3/709:32:19

芸能通に質問です

最初たのきんトリオが出て来た時
新ご三家の西城秀樹 郷ひろみ 野口五郎と比較してどうでしたか?
最初7人組の光GENJIが出て来た頃
同じ7人組のチェッカーズと比較して
どうでしたか?

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obl********さん

2019/3/1017:18:14

おそらく「新御三家」を知らない、「たのきんトリオ」世代の方からすれば、全く別物の様な印象があると存じますが、「新御三家」を知っている私には、やはり「たのきんトリオ」というのは、「新御三家」の次の世代に応えるために「新御三家」の路線を受け継ぐ、弟分的な男性アイドルだった様に思われてなりません。

こちらのブロマイドの売上から考えると、
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q121667754...
72年③野口五郎⑨郷ひろみ
73年①郷ひろみ②西城秀樹⑤野口五郎
74年②郷ひろみ③西城秀樹⑥野口五郎
75年①西城秀樹③郷ひろみ⑦野口五郎
76年①西城秀樹④郷ひろみ
77年①郷ひろみ②西城秀樹
78年④西城秀樹⑤郷ひろみ
79年③西城秀樹⑥郷ひろみ
80年①近藤真彦②田原俊彦④野村義男⑤西城秀樹⑦郷ひろみ
81年①近藤真彦②田原俊彦⑤野村義男⑥西城秀樹⑩郷ひろみ
82年①田原俊彦②近藤真彦
83年①近藤真彦②田原俊彦

人気絶頂の時期は、「新御三家」は1972年~1981年の10年間と長かったのに対して、「たのきんトリオ」は1980年~1983年の4年間と短かったですが、その分デビュー直後からもの凄い人気でした。

男性アイドルの歴史を振り返ると、今でこそ男性アイドルといえばジャニーズになりますが、1970年代のジャニーズはメジャーな芸能事務所ではなく、圧倒的にジャニーズでない男性アイドルの方が主流でした。

【ジャニーズ事務所出身】(敬称略)
郷ひろみ、フォーリーブス、豊川誕、川崎麻世、井上純一・・・

【ジャニーズ事務所出身でない男性アイドル】(敬称略)
西城秀樹、野口五郎、沢田研二、布施明、にしきのあきら、野村真樹、森田健作、仲雅美、本郷直樹、フィンガー5、あいざき進也、城みちる、太川陽介、渋谷哲平・・・

グループ・サウンズ全盛期の1968年にフォーリーブスが最初のジャニーズ事務所のアイドル・グループとしてまず登場しました。その後グループ・サウンズのブームが去り、1970年代のソロ歌手時代が到来しため、フォーリーブスの弟分だった郷ひろみさんを、1972年にジャニーズのソロの看板アイドルとして登場させました。

そしてジャニーズ事務所とは全く無関係な、しかもロック系で人気実力派歌手の西城秀樹さん(力強く感情的で声量のある歌唱)、演歌系で実力派歌手の野口五郎さん(巧みで理性的でしっとりした歌唱)と共に「新御三家」と呼ばれ、トップ・アイドルとして一世を風靡しました。個々の才能が素晴らしいということは言うまでもありませんが、この事がアイドルは(タイプの異なる者同士を)ユニット化して売り出す方が、飽きられず長続きをするということのヒントになったのかもしれません。

やがて1980年代になり、「新御三家」の次の世代に応える、新たなアイドルの登場が待ち望まれました。ジャニーズ事務所がそのチャンスに、ドラマ『3年B組金八先生』に出演させて、一躍脚光を浴びさせたのが「たのきんトリオ」でした。しかし、それは全く別物ではなく、やはり「新御三家」の路線を受け継ぐものでした。それは、
郷ひろみさんの「正統派・アイドル」路線の田原俊彦さん、
西城秀樹さんの「硬派・青春スター」路線の近藤真彦さん、
野口五郎さんの「哀愁・ギタリスト」路線の野村義男さんの三人でした。

さらにその成功から、「たのきんトリオ」を実際にユニット化した様な、1982年にシブがき隊、1985年に少年隊などを続々登場させました。特に少年隊の錦織一清さんは田原俊彦さんを思わせ、植草克秀さんは近藤真彦さんを思わせます。

なおチェッカーズは、この頃(1983年)に登場しましたが、ジャニーズアイドルではなく、バンド系のアイドルとして異なった印象がありました。1970年代で例えると、「新御三家」に対して、世良公則&ツイスト、原田真二さん、チャーの「ロック御三家」の様な感じでしょうか。

その後のジャニーズアイドルとしては、さらに世間に対するインパクトをより強くするという考えで、「多人数」と「ローラースケートによるパフォーマンス」を売りにした光GENJIが1987年に登場し、「バンド」を売りにした男闘呼組が1988年に登場、さらに1990年には「激しい動き」を売りにした忍者が登場し、「少年御三家」と言われました。これらが言わずと知れた1990年代以降のSMAP、TOKIO、嵐、V6等のアイドル・グループの原点でした。

おそらく「新御三家」を知らない、「たのきんトリオ」世代の方からすれば、全く別物の様な印象があると存じますが、「新御...

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nai********さん

2019/3/1318:33:57

歌唱力は、西城秀樹さんが断然上!
人を感動させる力は桁違い!!!

西城秀樹>野口五郎>>郷ひろみ>近藤真彦>田原俊彦?野村義男

チェッカーズ>>>光GENJI

bun********さん

2019/3/1017:42:04

野口五郎が野村義男路線だなんて言っているやつは、新御三家を途中から知ったやつです。
野口五郎はメンタルの弱さから思い切った歌声を出せなくなるようになりました。それをコロッケにまねされて評判になった姿を知識としている浅い奴です。
それ以前の野口五郎の十代の頃はけっこうワイルドで「叫び」を歌声の特長としていました。
https://www.youtube.com/watch?v=hlPSNdX9fWk
https://www.youtube.com/watch?v=EQdphQojA6w
https://www.youtube.com/watch?v=7t--F4k-msc
おまけに伸びもあって、当時は御三家の中でも歌手力には定評がありました。
西城秀樹はワイルドな感じで、郷ひろみは甘い歌声でしたが三人共、オンチと言われていたたのきんトリオとは比較の対象にはならない上手な歌唱でしたね。

mas********さん

2019/3/1000:55:51

はっきり言って新御三家と、たのきんとではクオリティーが違い過ぎて比べものになりませんでした
同じアイドルでも歌唱力が違い過ぎて、たのきんではお話にはならず、たのきんは若さと人気だけで売ってました
ですがその人気は半端ではありませんでした
今の嵐や、解散したSMAP、人気絶頂期の光GENJIと同じでした
新御三家とはバラエティーなどで共演しましたが、その時はかわいい弟分という感じで、たのきんは可愛いがられてました
また新御三家は郷ひろみのみが元ジャニーズで、あとの二人はジャニーズではありませんでした
たのきんが出てきたころは、郷ひろみもすでにジャニーズから移籍しておりました
たのきんの場合は3人ともジャニーズで、そのあたりも新御三家と比べようがありませんでした

チェッカーズと光GENJIはまったくの別物でした
チェッカーズもジャニーズではありません
歌も凄く上手で楽器も弾くし曲も作るし、アイドルというよりもバンドグループのイメージでした
かっこよさから女の子に人気があり、踊りのパフォーマンスもありましたのでアイドルのイメージが定着してしまったのだと思います
光GENJIと比べてたところで、まったく比較にはなりませんでした
圧倒的にチェッカーズのほうが上ですので
これは誰の目から見てもそうだと思います
チェッカーズと光GENJIは別物です

sh1********さん

2019/3/911:23:05

たのきんに比べると新御三家は三々五々の人気の出具合、タイムラグがあったから~
例えば紅白にしても
最初に野口五郎、次の年に郷ひろみ、その次の年に西城秀樹
でしたから。

まあ、音楽性は子供の頃から本格的に音楽教育受けていた
野口五郎、西城秀樹さんはたのきんより突出していたし
それに、長い時間をかけてギタリストのよっちゃんが追いついた

ジャニーズ関与のひろみ、トシちゃん、マッチは音楽性は他に語るほどじゃない

ang********さん

2019/3/815:51:29

たのきんトリオと新御三家は比較できないな。
光GENJIとチェッカーズと比較したら
チェッカーズですな。
バンドですし、音楽的にも実力あったし。
でも光GENJIも彼らなりの良さがあった。

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