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山本五十六は、負けた大将なのですか。 知名度の高さもあって名将のような評価...

dyw********さん

2019/3/1616:57:30

山本五十六は、負けた大将なのですか。

知名度の高さもあって名将のような評価になっていますが、負けた大将なのですか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

huu********さん

編集あり2019/3/1720:13:02

>負けた大将なのですか。 >

戦いは勝つか負けるかですが、
日本は負けたが、卓越した戦略家として名を残した。

軍人は死ぬのを本分としており
それでも名を残せる者は一握しかいず、
五十六は、その筆頭で名将ともされる。

ながら、彼の評価は貴方自信により
決めるべくと思います。

■未来を遠望していた。

彼は負けると分かっている戦などする馬鹿がいるかと。
ですから三国同盟に反対していたのです。
ですが、そもそも軍人は平和主義者などではなく
冷静に分析し未来を見通せるだけの秀でる
視野を持っていた。
また当初は暴れまわれるが、後は自信が無いと。
こう、きっぱりと跳ねのけていた。

ながら対米戦となり、連合艦隊司令長官となると
信念と裏腹に職務を全うする事になりました。
勝ち目のない戦争であり、真珠湾を叩き、講和に
持ち込もうと策をねったのです。
ながら真珠湾の奇襲は、あまりにも強烈だったので、
逆にルーズベルトの思惑どおり、モンロー主義の米国を、
国民に対日独戦へと焚き付けられてしまった。

結局彼は講和に持ち込む事はできず、
責任を取る事を覚悟しており、
死に場所を探していたのかもしれない。

彼を案じての護衛戦闘機を戦局不利の中、我が身の
護衛の為に割いてはいけないとし、最小限とした。

そしてブーゲンビル上空で待ち伏せされ乗機は撃墜された。
米軍は「とったアヒルの中に、孔雀が1羽いたようだ」と。
講和に 至らず、彼の死であの戦争はほぼ大勢が
決したと いえる面があるのかもしれません。

戦後調査で米国は五十六は敗戦を予期して戦争に臨んだと
知り、また神州不滅とか精神主義者などではなく、
真珠湾において対米戦が開始されたが、彼の本当の姿を知り
苦渋の決断だったのであり、彼に対する憎しみは見当違い
だったと論評もされています。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

yur********さん

2019/3/1617:08:10

戦術家ではあるが戦略家ではない。

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