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日本はむかし村を救うために神様に生贄を差し出したりしていましたよね。その時の"...

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ID非公開さん

2019/3/1702:38:35

日本はむかし村を救うために神様に生贄を差し出したりしていましたよね。その時の"神様"は村とかによって違っていたんですか?それとも、キリスト教みたいに1人の神様を信じていたんですか?

もしその村ごとにそれぞれ神様存在があったとしたらそれは一体どんな感じのものだったのかも知りたいです。蛇だったとか、若い女の人だったとか…
よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

pb1********さん

2019/3/1707:52:55

日本人が言う神様は人が生み出した神様

神様の作り方

御神体を用意します、なんでもいいですボールペンでもいいです

御神体に「これこれ、こういう役割を持った神様がいる」と思い込み、祈りを捧げます

すると御神体が魂の器となります

生贄を捧げ、捧げられた魂が御神体に宿り神様となります

そして更に祈りを捧げ、捧げられた祈りの力によって神様が現世に影響を及ぼします

神様の力の源は祈りの力、祈られた量が多ければ多いほど神様の力は増します

だから作られた神様の数だけ神様はいます


でも現代では生贄を捧げられないので入り込むのは

浮遊霊、動物霊、悪鬼、魔神等です

だから人を助ける義理がありません

神様は社に住むと言われています、だから社を変えてしまうと神様は居なくなり

新しい社には新しい神様が生まれます、その時に新しい生贄が必要となります



でも神様は人のことなどなんとも思っていないそうです

よく言われるのが「お前は歩く時、アリを踏まないように歩いているか?アリが何を考えているか考えた事はあるか?」ぐらいなものでなんとも思っていないそうです

こう書くとあれなので神様の言い分として

「一人助けたら全員平等に助けなきゃいけないから助けられない」だそうです

とはいえ、それぞれの神様の事情により助ける事もあるでしょうが神様は見えませんよね?

だから助けを求めても意味はありません



なら、その神様の作り方はどうやって生まれたのでしょうか?

居るんですよ、創造主が

この世界には因果の法則があります

法則に翻弄されて人は輪廻転生を繰り返して様々な人生を送ります


因果の法則も神様の作り方も創造主が作った法則です

なら人は一神教を信仰しなければいけないのかと言えば、違います

創造主はこの世界を作っただけに過ぎません

おまけに

この世界には文明をリセットするシステムが組み込まれています

昔の日本人は「栄枯盛衰」と理解していました



栄えれば滅びる


これも法則です

人が認識できる歴史の中でも文明が誕生、衰退しています

その姿を偶然と見るか、必然、法則と見るかで世界の見方が変わります

その法則に翻弄される事が人としての正しい生き方と説くのが一神教です

法則に翻弄されるので栄枯盛衰の法則に翻弄されて滅びます

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質問した人からのコメント

2019/3/24 00:47:49

皆さんありがとうございました!!

ベストアンサー以外の回答

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blu********さん

編集あり2019/3/2400:37:26

〉日本はむかし村を救うために神様に生贄を差し出したりしていましたよね。

↑まず質問者さんがここの情報をどこで聞いたのかを明確にしてくださいな。
話はそこから。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

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szx********さん

2019/3/2400:05:15

いろんなところによって違いますが
自分のところは大天狗を信仰していたようです
となりの村は蛇です
あとちなみにですが
子供ありますよね
原文に分解すると
子を供える

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

dol********さん

編集あり2019/3/1709:36:54

ヤオロズの神ですから、村ごとではなく、どの村にも多くの神がいたはずです。

ですが、キリスト教の神ヤハウェも盛んに生贄を要求してます。


レビ記1:9 、列王記上8:63
出エジプト記29:18、レビ記1:17、

人間の生贄もある。

●自分の娘をぶっ殺して生贄とはねー

エフタは主に誓いを立てて言った。「もしあなたがアンモン人をわたしの手に渡してくださるなら、わたしがアンモンとの戦いから無事に帰るとき、わたしの家の戸口からわたしを迎えに出て来る者を主のものといたします。わたしはその者を、焼き尽くす献げ物といたします。(士師記11:30~31)


永久に奉納物はすべて、神聖なもので主に属する。特に、永久に神に奉納された奉納物が人である場合は、その人を買い戻すことはできず、必ず殺さねばならない。(レビ記27:28~29)

物であれ人であれ家畜であれ、一旦YHWHに捧げたら(そんな約束をしちゃったら)
「必ず殺すべし」と書いている。実にキリスト教の愛の本質が見て取れる部分である。

gah********さん

2019/3/1706:56:28

神は村ごとに違っていたでしょう。

またそれは神ではなく、鬼や悪霊や動物霊や自然霊などいろいろだったことが民話などに残っています。

また生贄は日本だけではなく、世界中に存在していました。

なお今でも、動物などをささげる生贄文化は広くみられます。

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