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中越戦争で経済力の弱さ=国力の弱さであることを痛感したから、鄧小平は改革開放...

huj********さん

2019/3/2000:18:31

中越戦争で経済力の弱さ=国力の弱さであることを痛感したから、鄧小平は改革開放に舵を切ったんですか?

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len********さん

2019/3/2212:03:26

基本的には中ソ対立です。
ソ連との関係悪化で様々な意味での後ろ盾を失い、自力で国際社会と渡り合う必要が出てきたわけですが、文革の影響で国の基盤が揺らいでいました。
その対策として打ち出されたのが、まず、アメリカとの国交回復をしてソ連をけん制すること。次にそれを足掛かりに西側との交流を増やし、経済的な発展を行って自立することでした。
おそらく前者は周恩来が暗躍して成し遂げたわけですが、毛沢東が完全にボケるまでは手を付けられなかった。結局手を付けることができたのは鄧小平になってからということですが、もしかすると改革開放の機運は水面下で広がっており、その適任者として鄧小平が担ぎ出されたのかもしれません。

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abc********さん

2019/3/2011:48:33

違いますよ
中越戦争後は文革の処理もあり、五つの近代化を進めます、農業、化学、工業、建設、国防、近代化を初めて、天安門事件から、その後改革解放

shi********さん

2019/3/2009:06:52

中越戦争で経済力の弱さ=国力の弱さである
ことを痛感したから、鄧小平は改革開放に舵
を切ったんですか?

【いえ、違うと思います】

そもそも、中越戦争時のベトナムは改革
開放もしておらず、経済力もありません。

中国が中越戦争で学んだ経験はソ連製の武器
より中国製の武器が劣っていることと中国人
民解放軍の練度が低い事だと思います。

rur********さん

2019/3/2000:43:44

NO.
その前年に、日中国交正常化の為来日。日本を目の当たりにしたことで、経済こそが全てに優先するという考えを抱くに至ったと言われている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3#...
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3#...

少なくとも、中越戦争の前から改革開放路線に舵を切っているから中越戦争は関係ない。

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