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三国志の呂布ですが、実際は万夫不当の猛将でもなかったのですか。 劣勢の状況...

rit********さん

2019/4/112:12:44

三国志の呂布ですが、実際は万夫不当の猛将でもなかったのですか。

劣勢の状況では結構負けているのですか。
三国志演義では、一騎当千と言う描き方をされていますね。

負ける時は、裏切りなどで負けるというような描き方ですよね。
しかし、実際は跳び抜けて強い武将でもなかったのですか?

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kou********さん

2019/4/218:26:29

まあ、猛将には違いないと思います。

彼の用兵として出てくるのは、黒山賊との戦いで、側近らと敵陣突撃してついにこれを撃破した、というもの。ここの活躍で、「人中の呂布、馬中の赤兎」という褒め言葉がでてきます。

まあ、特攻野郎だったわけです。
なので、一将軍として、使いどころをわきまえてうまく利用すれば、活躍したであろう人だと思います。

が、この人は、結局、自分が大将でないと気が済まない人でしたから・・・。
それに相手も悪い。後半は曹操との戦いで、さすがに三国時代一の名将たる曹操では、ちょっと勝てません。

別に劣勢だから負けたとかではなく、状況判断が甘くて負けてるんです。
だって、呂布が兗州で反乱を起こした時なんて、曹操は徐州遠征中で、兗州の大半は呂布に付いて、曹操側に残ったのはわずか三城という状況だったわけで、そこから曹操は挽回して、とうとう呂布を兗州から追い出してるわけですからね・・・。

自分で作戦を考えるのではなく、誰か(それこそ曹操とか)の下で言われたとおりに働いていたら、名将になったかもしれない人だと思います。
実際、彼の部下だった張遼は、そのようなポジションで名将になりましたからね。

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kum********さん

2019/4/606:15:03

猛将だったのは間違いありませんよ。彼が一騎打ちで破った郭汜も数百の兵で万の軍に突っ込んで撃退するような剛の者です。それを一騎打ちで破る、と言うのはやはり並外れた武勇の持ち主であった、と見て良いでしょう。

しかも呂布は兵を率いても決して弱かったわけではなく、下でも書かれているように賊を自軍の兵で何度も突撃をしてついに撃滅させているし、曹操との戦いでも緒戦は撃破しているのです。

ただ曹操はさすがに現代にも残る孫子の注釈を書いただけあって、呂布の得意な戦術を徹底的に調べ上げ、対策を施しています。やはりどれだけの勇者であっても、一人で万を超える軍隊を相手にすることは不可能ですからね。

hac********さん

2019/4/217:10:20

優れた将軍ではありましたが、孫堅には勝てませんでした。

sna********さん

2019/4/115:11:37

後漢末の一騎打ちなどは数える程しかありません、正史に記載があるのは二つです
呂布も英雄記と言う史料に一騎討ちの記述がありますが、いずれにせよ一騎打ちの強さみたいなものは創作だと思って下さい

ただ、正史の呂布伝には弓馬に優れ膂力も人並みはずれ飛将と号されたとありますし、董卓が常に身近に置いて身を守らせたともあるので個人の武勇も優れてはいた様です

兵を率いさせても優秀な部類には入るでしょう

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