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沖縄。 昭和47年(1972年)に返還されるまでは、 日章旗・日の丸を振って、「本...

hor********さん

2008/11/1203:00:23

沖縄。
昭和47年(1972年)に返還されるまでは、
日章旗・日の丸を振って、「本土復帰!」と全島的な運動が起こったのにもかかわらず、
それ以降は急激に反日的・国旗掲揚反対の流れになったのはなぜですか。

やはりアメリカのプロパガンダが効いたからですか。

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mas********さん

2008/11/1218:08:57

反日というよりは反政府ですね(別に日本に対しては反抗していないです)。米軍問題に対して政府に何度言っても無視されるためです。

復帰前に多くの人が「本土復帰」を掲げたのは、米軍統治があまりにも非人道的だったためです。
米軍による県民の殺傷事件が起こっても、犯人である米兵は無罪。米軍による強制的な土地の強奪。戦時中の日本以上の厳しい言論統制。などなど、これらにより平和憲法の元にある日本に復帰したほうが、快適な生活を送れると多くの県民が考えたからです。
結果として、復帰前よりも確実に民主主義的な政治が行われるようになり、自由が保障されましたが、米軍基地に関しては依然多くがそのままの状態で残り、米軍による事件、事故等があっても日本政府は県の意見、要望等を完全に無視し、米軍に都合のいいことばかりを受け入れるという状態が続いています。

ちなみに国旗掲揚反対は沖縄の日本復帰前後に本土から左翼や組合の運動家などが反基地闘争のために大量にやってきて、教育宣伝活動を続けた結果によるものだそうです。

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