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劉備って国を統べる能力は中庸なのに演義の主人公になったのは何故ですか?

chi********さん

2019/4/609:10:46

劉備って国を統べる能力は中庸なのに演義の主人公になったのは何故ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kei********さん

2019/4/610:05:46

劉備は中華的人物観の1つである「自分は無能ながらも、様々な優れた人物を惹きつける『人間的魅力』に富んでおり、かつ彼らの『尖った振る舞い』を受け入れるだけの度量を持った」大人物の典型として描かれています。

また当時の中国で重んじられた、秩序や血のつながりを重視する儒教的価値観を根底に描かれた演義では劉備は「漢室に忠実な大きな度量の善人」として描写されており、劉表との関係性などに、そのことをうかがうことが出来ます。

荊州の主である劉表は優柔不断ゆえに後継者争いを家中に起こし、そのことに手を付けかねている無能な人物として描かれており、劉備周辺の人物の「いずれ劉表は立ち行かなくなるのであるから、荊州を奪い曹操打倒の足掛かりとすべきである」との進言を「そのような不義理はできぬ」と頑なに拒絶します。
蜀の地を得た後も「皇帝になるべきです」との進言を献帝が健在であることを理由に再三却下しています。

これらはまさに儒教的価値観の本質であり、現実よりも理想を重視するところから、しばしばそれは「宗教」であると言われる所以でもあります。

曹操が演義にて「悪人」と描かれるのも、この儒教的価値観から来ております。
曹操は「峻厳な法のもとに万人は律せられねばならない」とする法家の人であり、儒家とは思想的対立関係にありました。また、宦官の孫という出自ゆえに当時より儒教側より非難されていました。

宦官という存在はしばしば「存在自体が害」にしかならないというような描写が見られます。これらは歴史的事実(歴代王朝は宦官と外戚に悩まされた)でもあるのですが、「子孫を残して、その血筋を後世に伝えねばならない」とする儒教的価値観に真っ向から対立する存在であるゆえの不当な評価でもあるのです。

曹操幕下で重きを為した荀彧や郭嘉が袁紹に重んじられなかったのも同様の理由で、荀彧は妻が宦官の娘であり、郭嘉は不行跡(内容不明)ゆえに「軽んじられ」ました。
曹操の「唯才主義」とは、その出自からなる「必然」かつ「苦肉」の方策でもあったことが、この儒教的価値観から理解できます。

あるいは曹操が「悪人」であったゆえに劉備が主人公たりえたのかもしれませんね。

質問した人からのコメント

2019/4/10 20:00:18

回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ser********さん

2019/4/616:59:28

作者が、蜀漢の人だったから

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