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昭和時代のそばって○割りとかなかったんですか?何割が一般的ですか?

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ID非公開さん

2019/4/1212:29:28

昭和時代のそばって○割りとかなかったんですか?何割が一般的ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kaw********さん

2019/4/1213:01:07

そば粉に混ぜ物をして麺にする前は、いわゆるソバがきです。これは純粋にそば粉です。

麺の具合は店の目分量で、割合などは気にしていたとは思えませんね。

そばは殻の匂いがつくので米、小麦のあとに臼で挽いたものです。それが終わるとキレイにしなくてはなりません。

製粉所ではあまり喜ばれないものでした。

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pio********さん

2019/4/1212:49:15

江戸時代は蕎麦の値段は16文と決まっていたのだけど、これは蕎麦と言えば二八蕎麦
で、「二・八=十六」なので16文、という半ば洒落で決まっていたとされている。
どこまで本当かは知らないけど、大昔から蕎麦の割合には関心があったという事だ。

len********さん

2019/4/1212:42:40

二八とかの表現は昔からあって、そば好きは使っていたけど、それが強調されるようになったのが最近ということ。当然昭和でも言っていた。
最近割合を出してくる理由は、十割というあまり一般的でないのを売りにするのが多くなったからと推測。打ちにくいから以前は十割は邪道扱いだったのを、珍しいければいいというソバの香りも分からん奴らが持ち上げるなかで、
「普通は八割のところ、この店はこだわりの十割そばを出しています」
という表現が普通になった。

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y_j********さん

2019/4/1212:32:01

今でもあります。

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