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哲学書ってどんなものなんだろうと気になったので 初めて読むならこれだ、と言わ...

dai********さん

2019/4/1718:23:07

哲学書ってどんなものなんだろうと気になったので
初めて読むならこれだ、と言われていた
デカルトの「方法序説」と、それとは別に
ショーペンハウエルの「知性について」を購読しました。

しかしデカルトが述べた方法については、既に我々の常識になっているために、デカルトがこの考えを確立させたということを意識しなければ、既に知っていることを述べているだけに止まり、逆にこう言った問題に対するアプローチについて、現代に採用されていないものは、少なくとも現代においては評価されていないものであるので、新たに得られるものが無いように思われます。
また、哲学書とは、こう言った実用的な部分または客観的事実以外に関しては、どこまでいってもあくまで他人の考え、ということを超えないと思っています。どんな事が書かれていても、成る程あなたはそういう考えなのね、と結論できてしまいます。
また、遡れば2000年以上、または数百年前の誤った知識の上に書かれた部分は全くの無意味では?と思います。私が読んだ本は簡潔に書かれており、特にデカルト等は思想を押し付けることもなく、別に読んでどうこうしろって訳じゃないよ、と述べられていたので問題は何もないのですが(あるいは他の本もそうかも知れませんが知らないので申し訳ないです)、
難解な、一読しただけでは何が書かれているのか全くわからないような本を時間をかけて読むことで何か得られるものはありますか?解読出来たとして、それはやはり他人の考えに過ぎず、別段理解して自分の中の何かが劇的に変わるようなものだとは思えないのです。勿論、著者が思想を押し付けたりだとか、その思想を理解すれば得があるとも言っていないのであれば、勝手にそう言うものを期待したこちらが悪いだけです。
長くなりましたが、つまり哲学書を、或いは普通の本を読むよりも一層時間をかけて読んで、まあそういう考えもあるよね、以外の結論を得ることはできますか?もしくはその結論を何かに繋げられますか?
教えていただけると有難いです。

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ベストアンサーに選ばれた回答

wak********さん

2019/4/1800:24:55

デカルトの方法序説について、私も同じ感想を持ちました。ああ、これは、当時にとっては革命的だったのだろうなと。

私は哲学書をそこまで多く読んだ身ではありませんが、やすい言葉で言うなら思考の幅が広がるというやつです。
自分が普段使っている、論理的だと思っていた考え方が持っている大きな飛躍を指摘してくれたり、自分が気づかず暗黙に持っていた前提の存在に気づかせてくれたりします。

そうして、ひとつひとつは「所詮他者のもの」であるはずの考え方達を身につけ、自在にスイッチングさせながら、物事を色々な方面から捉えることができます。哲学書は「こういう考え方もアリなのか」という気づきを増やしてくれるツールだと私は考えています。

質問した人からのコメント

2019/4/23 21:44:15

回答ありがとうございます。
様々の思考、それも賛否あれ現代にまで残って評価されているものをじっくりと読んで、彼らの考えと自分の考えを対比するというのも良いですね。
あまりにも難解で無ければ、程よく読み応えがあって面白いので、これからも時々買おうと思います。
他の方々もありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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mur********さん

2019/4/2100:39:52

しかしデカルトが述べた方法については、既に我々の常識になっているために、

といいますが、果たして簡単にそうであると言い切れるでしょうか?

また我々とは具体的には一体何を指すのか?

たとえば、今のアメリカ大統領ドナルド・トランプ、またその支持者は、
「反知性主義/アンチインテレクチュアリズム」
日本の今の総理大臣、安倍晋三はトランプの最も忠実な追従者と国際的に呼ばれることが多いのです。

これは極端な話、今の日本政府は反知性主義、と言われてもやむを得ない文脈です。

またこないだ辞任した桜田五輪大臣などは、わかりやすく反知性的です。

言論を弾圧する北朝鮮や中国、サウジアラビアやタリバン、イスラム国なども反知性主義的であり、デカルト的ではありません。

また今のイギリスは欧州連合に懐疑的であり、脱EU、反移民を標榜していますが、これもデカルト的とは言えません。

デカルトが我々の常識という図式も、いつ崩壊するかわからない、あるいは立場や場合によってはすでに崩壊しているかもしれないのです。

電通のようなブラック企業に就職などすれば、デカルトのように思想を押し付けることもなく、別に読んでどうこうしろって訳じゃないよ、などというのは通用せず、
「一日二十四時間一年三百六十五日死んでも働け」
のような不条理、非合理、世間の非常識が業界の常識とされるのです。

日本の医学部では、男子優先で女子は不合格という性別差別、男女差別も常識となっています。

日本国内でもデカルト的合理主義が通用しない場所や立場は非常に多く存在するのです。

STAP細胞で笹井教授が自殺した理化学研究所もそうでしたし、原発安全神話を信仰する原発村もしかり、地震予知を行う地震学の研究者もそうです。

ジャニーズ事務所に忖度、報道の自主規制を行うといわれるテレビ局、芸能界もそうです。

しかしこれは、地動説を主張したガリレオを火あぶりにしようとしたバチカンが支配した中世ヨーロッパも同じであり、今の現代社会でも、中世ヨーロッパと同じような問題は確実に存在し、決してデカルトの思想から得られるものがないとは言えないのです。

アメリカにはネオコンと呼ばれるキリスト教原理主義者、白人至上主義者もいますし、韓国には儒教的中華思想が今も存在し、日本にも靖国神社参拝にこだわるような神道思想ような政治に影響を与えています。

韓国の政治や司法を見ても、デカルト的合理主義が常識とはとても言えません。北朝鮮などはなおさらです。

日本でも創価学会や公明党は、大きな政治力を持っていますし、政権与党です。

だいたいこうやって色々見れば、今の日本社会でさえも、むしろデカルト的合理主義、常識の通用しないとこの方が多いようにも思えます。

現代ヨーロッパでも、ネオナチや、反移民の白人至上主義者の政治力は増えているのです。むしろ反イスラムの十字軍時代に逆戻りしている部分もあるのです。

「知性について」
も、反知性主義はそれも否定するのです。

カルロス・ゴーンのようなフランス人社長でも、突然逮捕されることもあります。

デカルト的合理主義や常識が、社会や世界のどこでも通用すれば苦労しませんが、必ずしもそうではなく、大学受験や就職活動、アルバイトにおいてさえ、不合理な差別や、法律無視が数多く存在するのです。

果たしてそうした逆境や苦境においても、デカルト的合理主義を貫徹できるか?真にデカルトを理解しているかどうかが試されるのは、そういった時です。

太平洋戦争末期に、神風特攻を拒否した日本人操縦士も少なからずいましたが、そういう人は真のデカルト的合理主義を体得していたといえるでしょう。

デカルトが読者に対して真に求めているのは、合理主義の実行、社会的不合理や不条理への挑戦なのです。

ただ口先だけ頭でわかったではデカルトを読んだ意味がないのです。労働基準法を知ってるが、残業代を絶対に払わないブラック企業と同じです。

知ってて無視では知らないのと同じです。

特攻を拒否した操縦士などは、合理主義を実行したのです。

そこまでいかなくてもブラック企業を辞めたバイトでも原理論理は同じです。

あなたはデカルトを自分の常識といいますが、バチカンに火あぶりにされる危険を承知で地動説を擁護するだけの勇気があるでしょうか?あるなら大したものです。

またデカルトが自分と関係のないただの他人の考えであるとするのなら、それはデカルトはあなたの常識ではない、あなたの話は合理的論理的でないと言うことです。

まず、デカルトを理解するには、難解で意味不明なスコラ哲学のようなものを読んだことがなければ、意味がありません。

デカルトの哲学が理解しやすいのは、それはスコラ哲学に対する抗議の意味があるからです。

デカルトの本をよく読めば、要所要所に無意味に難解な中世スコラ神学哲学に対する批判や抗議、皮肉がありますが、あるいはあなたはそこには気づいてないのかもしれません。

それはまだあなたが中世スコラアリストテレス哲学神学を知らない、読んだことがないからです。

それはスターウォーズに例えれば、銀河共和国を知らずに銀河帝国を理解するようなもの、アナキン・スカイウォーカーを知らずしてダース・ベイダーや、ルーク・スカイウォーカーを理解しようとするようなものです。

デカルトの本は、読者がスコラ哲学を知っていることを前提としているのです。当時はそれが社会の常識であったからです。

デカルトの本だけ読んでデカルトを理解することはできません。スターウォーズの本編を見たことがなくて、ハンソロの外伝を理解することができないとの同じです。

もちろんエピソード7だけ見てもスターウォーズが面白いことは理解できるでしょう。しかしそれだけではあの話が親子ゲンカであることは理解できないのです。

中世スコラ哲学とは、まさにデカルトにとっての銀河帝国であったのです。

アウトロー、デカルトにとっての銀河皇帝はバチカンのローマ法王であり、スウェーデンのクリスチーナ女王はまさにレイア姫だったのです。

寒すぎてすぐ風邪ひいて死んじゃいましたが。

デカルトは哲学において神聖ローマ帝国やバチカンの支配と戦うアウトローのハンソロだったのです。

しかし前後の脈絡がわからないと、それが深く理解できない。

それは非常に残念な話です。

悪役も理解しないと、ヒーローも理解できません。ムスカの説教抜きでパズーやシータやドーラが理解できるでしょうか?

クシャナの話が理解できないと、ナウシカも理解できないのです。

哲学とは戦い、ウォーズなのです。ただの感想文随筆エッセイではありません。デカルトは超暴力的、バイオレンスなバチカンの権力と戦っていたのです。

またショーペンハウエルは受け身で消極的ですが、ルター派の神学教義に抵抗していたのです。

また逆に長いものに巻かれろ的な、寄らば大樹の陰的な、そういう哲学もあるので、そういう人はそういうのを読めばいいでしょう。デビルマンのような悪役が勝利する映画もたくさんあります。ヤクザが主人公のヤクザ映画もたくさんあります。

hum********さん

2019/4/1816:52:37

>哲学書を、或いは普通の本を読むよりも一層時間をかけて読んで、まあそういう考えもあるよね、以外の結論を得ることはできますか?

原理的には可能性はあると思います。

例えば、ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」を読んでいるうちに、認識が変化し「私がいない」という状態になり、それが事実であるという認識に立ってしまった場合。

>もしくはその結論を何かに繋げられますか?

ショーペンハウアーの「意志と表象としての世界」を読んで、「私がいない」という状態になってしまった結果、そこから生きようとして格闘するうちに、独自の生き方を見つけた場合。

twe********さん

2019/4/1814:42:19

ありますか?

ある

できますか?

できる

られますか?

られる(・o・)

プロフィール画像

カテゴリマスター

bec********さん

2019/4/1800:36:36

サマリー本で充分

プロフィール画像

カテゴリマスター

inv********さん

2019/4/1719:37:02

はい。まあそういう考えもあるよね以外の結論を得ることははじめは不可能です。

そして、その結論を何かに繋げられたら、あなたは次世代の哲学者です。

では、なんの意味があるのか?

それは、結論の導出過程を読書により知悉することで、より柔軟で自由闊達な思索ができるようになります。

たとえば、数学でいうと、公式が哲学でいう結論で、古典名著はその証明になります。

結論を知らずに哲学書を読むと、結論にとらわれてしまうため、難解な一読しただけでは何が書かれているのか全くわからないような本は、解説から読んで結論を知ってから読むといいですよ。

きっと、そこに至るまでの過程で、数々の気づきがあると存じます。

もしもないならば、アイビーリーグの学生みたいに、百冊二百冊と読むことです。そのうち、頂上へと至る山道に転がっていた名もなき石が、実はダイアモンドだったと気づくようになりますよ。

数学でも、公式の証明を楽しめるようになるのは、ある程度数学ができるようになってからですよね。まずは、高校倫理の教科書や参考書を読んで、幅広く思想の基礎を学んでみるのもよいかもしれませんね。

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