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Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。 . ドイツ首相、アンゲラ・...

kit********さん

2019/4/2401:58:48

Greta_garbo_no_magoさんへの回答リクエストです。

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ドイツ首相、アンゲラ・メルケルさんの著書・「わたしの信仰――キリスト者として行動する――」。

目次を見れば、この書籍が、キリスト教関係の団体、あるいは、その活動の場で、メルケルさんが演説した、さまざまで豊富な内容から成り立っていることが、よくわかる。

そこで、Gretaさん、あなたがあなた自身の主題として、常に考えてこられた「形而上学と政治」を、メルケルさんの著書との関連の中で、論述願います。

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【質問者からのメッセージ】
既に、Piano_concerto23さんから回答を頂いた「拉致被害者の不幸終焉は、政権担当者の義務である」等々、こうした、為政者としての義務を顧みず、その上、民主主義破壊の行動を恥じることなく続けている「安倍自民党批判」は、度び度び、繰り返しても、今の日本では、決して多すぎることにはなりません。

私自身はメルケル首相の著作物に感動を覚えました。その内容を、編者のフォルカ・レージング氏が、序文として紹介しています。
………ドナルド・トランプがアメリカ合衆国の大統領に就任した直後に、「ニューヨーク・タイムズ紙」が、メルケルさん(ドイツ連邦首相)を、敢えて『自由主義社会の守護者』として強調していました。
この事実は、トランプは、大統領就任以前から、政治家らしくない………つまり、政治家として備えるべき気品が微塵も無かった、更に、人種、男女、などの議論において、トランプの差別肯定の発言が続いた、………こうした事情への、一つの布石を、「ニューヨーク・タイムズ」が放ったと言われています。

………この事情について、レージング氏は、自身の言語で、この著書を、次のような賛辞で括っています。
………「現代という≪集光レンズ≫を通して見た場合、メルケルの首相としての特色は、今ようやく、本来の定義を見出している」。



一方、日本国内における「メルケルさんの著書」についての、情けない紹介を、私は、敢えて述べざるを得ません。

佐藤伸行というマスゴミの申し子が、メルケルさんの、キリスト教徒としての十全な発言を、敢えて無視し除外したばかりでなく、………たとえば、「世界最強の女帝 メルケルの謎」とか、「新・ドイツ帝国の支配者」という、浮わずった、ナチズム的レトリック………で飾られた駄弁の集積とも言うべき著書を、発刊しました。


更に、TVマン時代から、思考を欠いた物言い、に重ねるように、これまた「マスゴミ代表に相応しい、いい加減さ」で鳴らしてきた久米宏が、彼自身が主宰する「TV書店」の推薦として、この駄文だらけの書物(佐藤伸行著)を紹介していました。

日本に慣れ親しんだアメリカ合衆国の政治家たち、あるいは、一般の人々と違って、ヨーロッパ諸国では、日本のメディア活動を、まさに、「ジャーナリズムの堕落」と見做しているでしょう。



◎ 回答リクエストを要請しましたGreta_garbo_no_magoさんの論述内容が、字数制限いっぱいとなる予定ということでした。当然、書きたい内容の半分も書けないで終わってしまいますね。というわけで………、
………私の質問は、多くの方々の回答を期待していることを告げて、質問文の終わりとします。

この質問は、gre********さんに回答をリクエストしました。

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gre********さん

リクエストマッチ

2019/4/2814:10:17

論稿タイトル「永遠性の形而上学に生きた芸術家・哲人」


【目次】

【Ⅰ】アンゲラ・メルケル
【Ⅱ】シャルル・ペギー
【Ⅲ】聖テオドーラ



【Ⅰ】 アンゲラ・メルケル (Angela Merkel)

アンゲラ・メルケルは、彼女の著書「ヨーロッパの価値(2010年)」の中で、次のような事を述べている。
………「私達に共通のヨーロッパ的アイデンティティが、大部分において、キリスト教的特徴を備えているのは、明らかなのです」。

続いて、メルケルは、2017年の著書「わたしの信仰――キリスト信徒として行動する――」で、次のような提示を行なった。
………「ビザンチン東方教会の典礼であろうと、ローマ・カトリック教会の秘跡であろうと、プロテスタントの礼拝であろうと、世俗主義国家の伝統であろうと、―――キリスト教の遺産は、私達の大陸に影響を与え続けているのです」。


………「何が皇帝に属し、何が神に属するのか?」
この、聖書に記述されている、一つの主題が、彼女の思考を培ってきたことも、明らかである。言うまでもなく、「何が皇帝に属し、何が神に属するのか?」。換言すれば、宗教的な権力と、世俗的な権力は、それぞれ、どのような委託を受けているのだろうか?

この主題はリスボン条約以来、ヨーロッパ政治の舞台において、最も情熱的に展開されてきた議論だった。

この事が、本稿【Ⅰ】の冒頭で示したようなヨーロッパ的アイデンティティについての自信に満ちた表明となって、現れたのである。


※ リスボン条約(2007年12月13日)
既存の欧州連合の基本条約を修正する条約。別名・改革条約。
正式な名称は「欧州連合条約および欧州共同体設立条約を修正するリスボン条約」。


メルケルは、この主題についての思考のプロセスを、次のように語った。
………「私は、リスボン条約の前文で、神との関連が、より明瞭に表現されるような合意を願ってきました。だが、それは果たせませんでした」。

とは言え、彼女は、この条約の中で、ヨーロッパの宗教的遺産と、加えて教会や宗教共同体の役割に対して敬意が払われてきたことには、率直な喜びを示している。


新約聖書「マタイによる福音書」に、神への服従と国家に対する義務、この二つは次元が違い、両者をともに守ることは矛盾ではない、と説いたキリストの言葉が載っている。…

……『カエサルのものはカエサルに、神のものは神に』。

○ この主題を熟考した哲人(詩人)として、シャルル・ペギー(Charles Péguy)について、考えよう。

○ また、この主題を「音楽劇」(オラトリオ、オペラ)に結晶させた作曲家、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel)を考えよう。


この二人は、私の勉学と研究の中で、私が取り組むべきテーマを培ってくれた人達の中に入る、言わば、私の思索から外すことのできない人達である。



【Ⅱ】 シャルル・ペギー (Charles Péguy)

シャルル・ペギーのカトリックへの回心は、アンリ・ベルクソン哲学に負うとされている。 だが、それと共に、ペギーの思索の旅は、テアトル・フランセーで上演されていたソフォクレス劇に始まっている。

彼は、第一次大戦、マルヌの会戦で壮絶な死を遂げた。
その以前、文芸誌「Les Cahiers de la Quinzaine(半月手帳)」の主宰者として、彼自身、論述、詩、および詩論、等の殆どを、この文芸誌から発していた。また、多くの寄稿も得ていたが、たとえば、ロマン・ロランは、「半月手帳」の出身者だった。

サント・バルブ学院の同窓生たちと共に接した「オイディプス王」、「アンティゴーネ」は、特に、彼の精神形成に重要な役割を果した。

この学院は、ソルボンヌ、コレージュ・ド・フランス、更に、ルイ・ルグランのような有名な学府が立ち並ぶサント・ジュヌビエーヴの丘の上にあった。聖イグナチウス・ロヨラ、また、ジャン・カルヴァンを輩出した学院である。



(a)アンティゴーネの刑死 (Antigonē)

まず、アンティゴーネの父であるオイディプス王の事例を、簡単に辿りたい。

オイディプスが治めるテーベ市に原因不明の悲惨な事件が重なっていた。市民たちは、その原因究明を王に求め、罪人は償いを果たさなければならない、と、王に訴えた。
王は、この「嘆願」に率直に耳を傾け、自分に課された政治的責務を反芻した。

やがて、オイディプスは、彼が命じた探索の矛先は自分に向けられている事実を知った。即ち、大罪人は彼自身であることが明らかになったのである。

彼は、戦いの最中、誤って、父とは知らず、対戦相手を殺した。その上で、母とは知らず、母なる女性と結婚した。父殺しの大罪と私通の大罪の故に、オイディプス自身が、当然、処罰され、国外追放されることになる。誠実な王は、自分で目を抉り、自分に追放を宣告した。王は、王女アンティゴーネに付き添われて、テーベの街を後にした。


アンティゴーネの悲劇は、法に反して、兄・ポリニースを救おうとしたことに始まる。だが、「私は愛のために生まれてきた、憎しみのためではない」という彼女の崇高な叫びは虚しく、時の王であり、法の番人であるクレオンには通じず、彼女は、生き埋めの刑を言い渡された。

先に記したオイディプス王は、嘆く人民に代わり、テーベの悩みを一身に引き受け、償いに服した。それが不知による行為だとしても、父を殺し、母を犯したという事実は、「罪ある者の悲劇」となる。彼の「正義の盾」は、自身の不幸をもたらした。
また、「愛に献身した」アンティゴーネも、悲劇的な結末を辿った。

誠実な王と、愛の王女の、二つの悲劇は、若いペギーに多くの思索の時間をもたらし、彼の全存在を揺るがさずにはおかなかった。



(b)聖ジャンヌ・ダルクの殉教 (Jeanne D' Arc)

彼の瞑想は、アンティゴーネから、彼の郷里オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルクへと向かった。
ジャンヌは、か弱い田舎娘の自身に、甲冑をまとい、一軍を率いて戦った。祖国フランスを取り巻く危難から救うという、神の教えの受託者なのであったが、結局は、法の番人を自負する人々から、魔法使いの罪名を着せられ、ルーアンで火刑に処せられた。

ジャンヌ・ダルクの悲劇への長い瞑想の時期が過ぎた。
その結晶として、劇作「ジャンヌ・ダルク」、詩編「ジャンヌ・ダルクの愛の秘儀」が誕生したのである。


彼の観想は、ジャンヌの導きから始まった。ジャンヌは、さながら、ペギーにおけるベアトリーチェに等しかった。
勿論、ジャンヌがペギーを正当的カトリシズムに最初に導いた、というのではない。ペギーが恩寵に至る前には、当然のように煉獄の遍歴が存在した。彼は、その悲劇的意識を、恩寵によって希望に変えるため、多くの試練を経なければならなかった。この事実は見過ごせない。

1909年から1914年に戦死するまで書き続けた遺稿「クリオ」の中に、追放者、罪人、恩寵、神秘、等に関する深い瞑想がある。

ペギーの哲学………それは、社会哲学、宗教哲学の根本的な立場に敷衍される。彼によれば、どのような社会にも、政治性と神秘性がある。
ペギーの思想によれば、政治の役割は、神秘を守り、これを深めさせ、その炎を燃え上がらせることでなければならない。時間的なものの中に、永遠なものを生かすことなのだ。

しかし、政治は神秘を殺す。政治と神秘は、しばしば対立する。そのため、時間的なものが、永遠のものを駆逐することが多い。

聖女ジャンヌ・ダルクのケースは、その顕著な例である。教会の中の政治家達は、聖女に異端者の罪名を着せた。その要因として、「政治と時間」が不当に「神秘と永遠」を裁くことに存在した。



【Ⅲ】 聖テオドーラ (Theodora)

ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel、1685-1759)が、彼自身、最も高く評価した作品が、「聖女テオドーラの殉教」である。


全31曲、宗教的色彩の濃いオラトリオは旧約聖書に題材を求めている。
『テオドーラ』は、紀元4世紀ローマ帝国のキリスト教迫害で殉教した聖女。台本はトーマス・モレル(1703-1784)が完成。道徳的な正義と敬虔な信仰のヒロインによるドラマが、ヘンデルの「信仰告白」と言われてきた。

主役を演じたソプラノ歌手三人を、私は鑑賞した。
既に著名なアップショウとシェーファーではあるが、三人の中で最も新しいワトソンの美しさと、その佇まいに、私は強く魅せられた。

1996年、ドーン・アップショウ
2009年、クリスティーネ・シェーファー
2015年、キャサリン・ワトソン



ローマ帝国は、その多神教、生贄礼拝を尊重しないキリスト教徒を処刑してきた。
その命令を拒んだために、総督の怒りを招いたテオドーラが、死よりも恐れる刑罰「女性の身柄がローマの蛮兵達に供せられる刑」を科せられた。それを知った、キリスト教徒のローマ兵・ディディマスが、テオドーラの身代わりになろうと、彼女に衣服の交換を申し出た。そして、彼が、薄着姿の女性として身代わり役を務め始めた。

事情を知った総督は、更なる憤怒で、ディディマスを処刑することを決めた。看守からの伝言で、それを知ったテオドーラは、総督の前に出頭し、彼の無実を訴えようとした。

それを留めようとするキリスト信者の女性との間の会話が、実に美しい。



【Ⅳ】 結辞

美しいメロディーと、美しさの漂うキリスト教女性の会話が、私を魅了した。

そのための資料として、私は、トーマス・モレルの台本を、フランスの知人に頼んで入手したのだが、「字数制限――4000字」に達してしまいました。
別の機会に、このオラトリオを語りたいと思います。

質問した人からのコメント

2019/4/30 01:04:53

① メルケル首相
② C・ペギー
③ 聖女テオドーラ

上記の三人は、それぞれ時代が違っている。
① 現代
② 19世紀終わり~20世紀初め
③ 4世紀初め


しかし、三人に共通する「形而上的志向」を、Greta_garbo_no_magoさんは、綺麗にまとめて下さいました。

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