戒定慧の三学は、特定の経典、教義、信条でなければいけない、ということはないと思うのですが如何でしょうか?

戒定慧の三学は、特定の経典、教義、信条でなければいけない、ということはないと思うのですが如何でしょうか? 私は日蓮宗の檀信徒ですから法華経を学んできましたが、別に浄土三部経でも般若心経でも、迷いの無い心を体得することは可能だろうと思います。 それこそ、鰯の頭も信心から、というくらいで、本人が心からそれを尊いと思えているなら別に何でもいいんではないでしょうか?

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仰る通りだと思います。 どの宗派の教えが正しいとか救われないということではないので、その人が共感した教えであれば、密教経典の大日経でも華厳経でも大般涅槃経 でも良いでしょう。 ただし特定の人物の思想に染まってない経典でないと駄目ですけど。 宗教学者のものが良いでしょう。 仏教は信仰というよりは人生で生きていく為の知恵を学ぶものだと私は思っています。 仏教は信仰を重要視しているわけではないと思います。

はい。私もそのように思います。 特定宗派の僧侶等の研究には教団の利権、確証バイアスが多分に影響しますから公平とは言えません。 元々仏教は思想、哲学としての面が大きかったようですから、信仰面よりも文献学や考古学的見地を重視する学者方々の意見のほうが公平であると思います。 日本仏教は非仏教的な思想が玉石混淆しているように思います。

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「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は此の三大秘宝を含めたる経にて渡らせ給えばなり」三大秘宝抄 妙法蓮華経如来寿量品第十六の文底に秘沈されている仏種の法と妙法蓮華経如来神力品第二十一で釈尊が滅後のために上行菩薩にふぞくした要法を 「三大秘宝」っていうんだよ。 じゃあ日蓮宗(笑)のトモリンちゃんはイワシの頭でも拝んで三学しといてね。

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勿論そうです。日本の宗派の様に、経典別に組織された教団は日本だけだ、と聞きます。 そうは思いますが、数ある経典を平等に学ぶ事など、実用的ではない事も事実です。その意味では、仏教のあり方として、日本の祖師達がとった考え方には、ひどく納得する自分がいます。 しかし、どの経典を採用するかによって、各宗に違いがある事実を見ると、皆等しく正しい、とは思えません。良く登山道に例える人がいますが、私は少し違うと思います。色々な道は確かにあるかもしれませんが、その先には崖に繋がる道。沼に繋がる道。藪だらけの道。あるきやすい道。そう言う道であって、全てが整備されている道とは限らないだろうと思うのです。それを、すべての道は仏の世界に繋がっているから、どれも同じだと言う考えには与しません。それは、渡りきった人だけが感じる思いであり、言える事に違いないのです。 勿論、自分が信ずる宗派以外は、全て邪教などという教えは論外です。その意味では、私が信者として属する今の教団は情けない限りです。語るに値しません。 しかし、釈尊の真意は何処にあるのか。宗祖の真意は何なのか。派祖はどのように拝していたのか。そうした思いから仏教を学ばない限り、中々信心は深まらないのじゃないのでしょうか。 それぞれが宗教を学び・信じて、どの様な考え方を持つか。どの様な生き方をするか。それは信ずる教えによって、それぞれでしょう。あの宗教は邪宗だ、邪教だ、と叫ぶのは唯のレッテルを貼ってるだけで、なんの意味もありません。しかし、自分が信じる宗祖や派祖を、その他大勢の宗祖や派祖と同列にしか考えられないとしたら、それはそれで情けないと思うのです。もっと自信があった方が、信心のあるべき姿だろうと思います。少なくとも、私は日蓮を宗祖と仰ぐ富士門流の信心で間違いはないだろう、と思っています。宗祖の心を深く受け継いだのは、日向上人ではなく、日興上人だろうと思いますよ。今が情けなくても、未来は誰もわかりません。宗史を学ぶ程、派祖である日興上人の門流の影響力を感じます。

やはり、経典の違いは道順ではないでしょうか。 wouさんが仰るのは、宗派や教派の違いだと思います。 迷路と同じで、行き止まりもあったり、必ずしもゴールに続いていないかも知れません。 富士門流も解釈の一つとしてあって良いし、派祖日興に忠実であることも良いことだと思いますよ。 ただ、富士門流が正しい興隆とは言えません。 極端な例え方をすれば、ドイツが敗戦するまでナチス党が栄えたことと似ています。 もちろん、大石寺を富士門流と見て良いか、という所から考えなければならない問題です。 集団心理は恐ろしいもので、多くの民衆を扇動するとそれが正義にすげ変わります。 カルト宗教はその組織という集団において心理を巧みに煽動する点で類似しています。 マルクスの「宗教は阿片だ」という言葉にはそういう一面があるように思います。いわば、宗教は必要悪であり、諸刃の剣です。

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こんばんは! なっちゃんです! 初期仏教であろうが、大乗仏教であろうが、すべてのお経典は仏道へ導く教えです。なので、何を選んでもいいように思えますが、学ぶには順序があると思います。初期仏教を学び、基本的な教義を知ってから、大乗の般若経を学ぶのがいいと思います。般若経というのは、般若心経のことではなく、金剛般若経や般若波羅蜜経のことです。これらの般若経を学び、縁起と空について知ってから、法華経や浄土三部経、華厳経、涅槃経を学んだほうがはかどります。 以上、なっちゃんでした!

ありがとうございます^^ 基礎を理解した上でその先に進む、仏教経典以外でも全て言えることですね。 般若経はとても長く、理解が難しいと思いますが少しずつ学んでいきたいです。