日蓮正宗の「楠板曼荼羅」を、江戸期の日寛上人も創価学会2代会長戸田氏も、至宝中の至宝であると言い切っておりますが、後世の研究が進めば進むほど、「後世に作られた偽作」が定説となりつつあると思いますが、

日蓮正宗の「楠板曼荼羅」を、江戸期の日寛上人も創価学会2代会長戸田氏も、至宝中の至宝であると言い切っておりますが、後世の研究が進めば進むほど、「後世に作られた偽作」が定説となりつつあると思いますが、 偽作でないと信じる方は、その「論拠」をお聞かせください。なお、「聖人御難事」は、あくまでも日蓮自らの迫害について述べたもので、大御本尊の建立についての記述ではないと拝読しておりますので、そこからの論拠はとっておりません。

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この問いに答えられる日蓮正宗信者は一人たりともいませんよ。 内証、唯受一人の血脈、金口嫡々相承、秘すべし、これらの言葉を駆使して煙に巻くことで手一杯なのですよ。 聖人御御難事の「仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給ふ、其の中の大難申す計りなし、先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり」の文を仮託して後世に戒壇本尊を偽作したに過ぎません。 唯一の物的証拠であるはずの日興跡条々事でさえも文字の加筆と欠損がありますから、証拠能力を全く持ちません。 日蓮正宗は偽作と我田引水の歴史です。 ネットが使える今は、都合の悪い裏面史がいくらでも出てきますからね。

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回答ありがとうございます!おかしな屁理屈をならべる日蓮正宗信者の 人もおり、『なんでそーなるの』の感を強くしました。このセクトは 自らだけが正しいという態度を改めない限り、常に他宗と衝突を繰 り返し摩擦を生みだし、『広宣流布』など夢のまた夢でしょう。なぜ ならそのような頑なな姿勢は、イスラム教と同じですから似た現象を 現出させるからです。牧口・戸田氏もやっかいな宗派に出会ったもの です。

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下のお方、いやぁ、昔から日蓮真筆言うてましたよ。廻向?そんな事昔は言わなんだ!直筆言われて信じて拝んどりました。なら直筆言うとったんは嘘だったの? 小樽問答でも、創価は直筆の戒壇本尊言いましたよ。宗門は嘘言うたらあかん!って創価叱らなかったの? 新しい言い訳いつから始まってますの?廻向やて。

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> 後世の研究が進めば進むほど、「後世に作られた偽作」が定説となりつつあると思いますが、 失礼ですが、これは意味不明な問いですよ。 その理由 : おそらく、あなたは日蓮大聖人の直作でないものだから「偽作なのだ」としていますね。 私は、現在富士大石寺にある大本尊が「後世の建立」だとしても、それが偽作の理由になるとは思いませんよ。 ただ、偽作の可能性が半分出てきた、と言えるだけです。 だから、本物である可能性も半分ありえるわけです。 もし、ダビンチやルノワール、ピカソ等の絵画であれば、作者死後の作と鑑定されたら、勿論「偽作」です。 理由は簡単であり、作者の直作であることが作者の作品ということですから。 でも曼荼羅については違います。 曼荼羅は、「廻向」を原理として建立するものです。 専門用語では、「開眼供養」と呼んでいます。 いったん日蓮大聖人の「御内証」が草木へ廻向されて、大御本尊となったなら、あとは「大御本尊」を根拠とする仏教的複製が可能なわけです。 もし日蓮大聖人に「大御本尊」の建立が可能ならば、その建立された大御本尊を根拠にして、それとまったく同じ当体を建立することも可能はずです。 それを執り行える僧侶の代表が行えばよいだけですからね。 だから、あなたの主張は、大乗仏教に普遍的な「廻向」の原理が不可能な事柄であることを立証できないかぎり成立はしないのです。

あなたの言われたことは、私の問うていることとずれています。 正宗は、楠板曼荼羅について「本門戒壇本尊とされる楠板本尊は弘安二年十月十二日の日蓮作ものである」と言ってきたが、それは嘘である、あなたの言うそんな「開眼供養」とか複雑なことをもちだすまでもない単純な話をしているわけです。 そもそも<でも曼荼羅については違います。曼荼羅は、「廻向」を原理として建立するものです。>とは日蓮仏法の御書のどこにあるのですか?

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また、この話題ですか…(飽きました) 過去からあるほんの一例として、下記ご参照ください。 分からなければ、宗務院に直接聞いてください。 (面倒くさいから返信いりません) 本門戒壇の大御本尊はニセモノ?(日蓮正宗 妙通寺) 日蓮正宗布教会編 「悪書『板本尊偽作論』を粉砕す」 (抜粋) 昭和三十一年九月三十日 発行 編著並発行者 日蓮正宗布教会 代表 細井精道 https://www.myotsuuji.info/%E6%9C%AC%E9%96%80%E6%88%92%E5%A3%87%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%BE%A1%E6%9C%AC%E5%B0%8A%E3%81%AF%E5%81%BD%E4%BD%9C-%E4%BF%A1%E3%81%98%E5%BE%97%E3%81%AC%E4%BA%BA%E3%80%85%E3%81%B8/

<末法万年の衆生救済の根源の御本尊として日蓮大聖人より託された本門戒壇の大御本尊や、日蓮大聖人の御墓から御遺骨までも取り出して、日蓮大聖人有縁のすべての宝物を富士の地へと移されたのです。(日蓮正宗 妙通寺の掲載文)>と出ていましたが、おかしな記述・話です。「本門戒壇の大御本尊」がいかなる「物」かを知らない人間ですね。重さは?大きさは?形状は?それを、身延のいったいどこに、しかも自由に拝める場所に置いていたとは?どこにですか?一体あの当時、最低でも百~二百kgの重量の物を一体どうやって運んできたというのですか?身延には自生もしていない楠半丸太、しかも食うに事欠く貧乏寺であった寺が、その半丸太の表面を削って、高価な金箔を塗っている。どこからその大金は出たのですか?等々。言い出せばキリがありません。日蓮正宗の言い分には、都合の良い嘘が見え隠れいたします。強弁すればするほど理論的綻びが出てきます。