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WW2敗戦国の日本-ドイツ-イタリア(一応勝ち組?)は、現在この世界で多くの車を作っ...

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ID非公開さん

2019/5/1115:49:45

WW2敗戦国の日本-ドイツ-イタリア(一応勝ち組?)は、現在この世界で多くの車を作っていますよね。(日本ならトヨタ、ドイツならBMW、イタリアならフェラーリとか、、)

これって何故なのでしょうか?やっぱり昔から工業力?はトップクラスだったのでしょうか?

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nem********さん

2019/5/1806:02:41

ある程度工業力の裏打ちがあったとは言えますが、それがすべてでは無いですね。
旧枢軸国には航空機の開発の制限を受けた過去があります。
ドイツは戦前にVWのベースが作られています。
元々陸軍国家で、自動車産業のベースがあったから発展したと思います。
イタリアは産業規模は必ずしも高くはありません。
航空機産業で締め付けを行われれば、生き残りの方向性は限られます。
ドイツが大衆車で行くなら、高級車にすべきとなったとみて間違いありません。
日本は航空機産業を封じられたから、自動車産業に注力出来たと考えられます。
元々の気質で突き詰めることが得意な国民性、さらに無資源国であるが故に少ない資源で開発するクセがついていたのでしょう。

アメリカ、フランスは航空機産業が発展しています。
ある意味中途半端なのはイギリスですね。

図らずも、WW2が国の発展可能性を決めたのかもしれません。

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hen********さん

2019/5/1808:40:17

逆です。戦争に負けたのにではなく、戦争で負けたから車の輸出国になれたのです。
戦前は日独伊は工業国としては後進で英米に遅れをとっていました。だから戦争に負けたのです。この大戦で空襲により多くの工業地帯が灰燼に帰しました。だからこそ戦後に新しい工作機械や規格の導入することができました。また、戦前の風習の否定をしたことで、より合理的な風習の採用がしやすくなったことも大きな変化をうけいれることになりました。時代の変化についていくというのは個人はともかく組織となるとなかなかできるものではありません。特にアメリカでは、もともとある古い機械を捨てることができず工業規格を新しいものに切替えることができず、伝統的な考えに囚われてコスト削減に失敗してかつての車の産業のメッカであるデトロイトが没落する原因となりました。
まとめると、何もかもなくなったからこそ、新しいことができるようになったのです。

ken********さん

2019/5/1123:25:32

イタリアと言えばフィアット、フェラーリはフィアットの傘下の一ブランドでしかない。

ドイツは工業力・技術力・生産力の優れた申し分ない国、イタリアはそれなりに技術力は優れてても生産性に劣る国な感じだと思います。
日本の場合は一分野に吐出した技術力がありましたけど、元になる部品などを作る為の工業力・生産能力に乏しい国です。


現在それぞれに大きな企業が出来たのは、それぞれに有った欠点や課題を克服していった結果だと思います。

uwo********さん

2019/5/1121:30:38

イタ車はともかく、車ってのは「摺り合わせ」が重要で、いくら天才が設計図を引いても、現場の作業員が寝ぼけまなこで組み立てていてはオイル漏れだらけだ。
日本人も(おそらくドイツ人も)、かっては現場の作業員が優秀でうまく部品を現場で摺り合わせて製品を作ってきた。外国では工学部は油まみれのツナギを着る職業と見られることもあるらしい。(一番人気はスーツが汚れない仕事、法学部、弁護士)。
それも、テレビがただのプラモデルのような組み立て製品になって、日本優位を失ったように、ただ組み立てるだけの電気自動車の時代になれば、このまま優位を保てるかどうかは不明。

bot********さん

2019/5/1118:33:42

独はともかく日伊はちがうかと
日本で自動車産業が軌道に乗ったのは70年代あたりです(軍需産業育成の一環で戦時中に支援したことはある
それまでは自動車といえばアメリカで官僚達は本田宗一郎に「日本は車なんて作れないからバイクだけ作れ」なんて圧力をかけたことすらあります

なかなか興味深い問いですね
何故なら戦勝国とされる国、英米仏なども工業国であり、自動車を作る能力はもちろんある
そして賃金などの諸条件も旧枢軸側と大きな差があるとは言えないからです
しかし旧枢軸側がどちらかというと輸出側、連合側は輸入側となっています

確かに航空機や軍需産業を制限された反動により人材や設備が自動車方面に流れたというのはあるでしょう

そうですね
クルーグマンなどが有名ですが比較優位で説明できるかもしれません
つまり
自動車とは装置産業であり、量産効果がダイレクトに出ます
つまりたくさん作れれば安くなり、安いからこそ更に沢山作れると
https://www.rieti.go.jp/users/tanaka-ayumu/serial/002.html
つまり日独は沢山自動車を作っていて、それ故に安価に自動車を作れた
それが自国と同水準の国々に対するアドバンテージとなりえた、というわけです
この辺りは日独が米国に対して抱える航空機産業のそれと似ているのかもしれません

じゃナンデ、となるんですが
それを戦後の航空機産業の規制に求める(日独は自動車方面に、米は航空機産業に特化した進化をした)としてしまうのは些か乱暴かもしれません

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