ここから本文です

ヤクザ映画の名作、「仁義なき戦い(昭和版)」シリーズによる、2回目の作品。 ...

プロフィール画像

カテゴリマスター

shj********さん

2019/5/2917:00:03

ヤクザ映画の名作、「仁義なき戦い(昭和版)」シリーズによる、2回目の作品。

「海軍で、兵隊経験あるヤクザ、山中」役で、主演した北大路欣也さんが、出演した主な理由。

「1回目の作

品を、仕事で訪ねた沖縄県那覇市で、宿泊先のホテルの近くにあった、那覇の東映の映画館で見てたら、出演したくなり、東京へ戻った後日に、所属事務所経由で、仁義なき戦いの担当スタッフに、連絡を取った。
すると、後日所属事務所経由で、仁義なき戦いの担当スタッフから、最初は「ヤクザとしての大友組々長、大友勝利役での出演」を、脚本を添えて、打診受けたが、脚本を見た所。
「海軍で、兵隊経験あるヤクザ、山中役であれば、心理面メインから、役柄に合うのでは?」と、思ったので、所属事務所経由で、仁義なき戦いの担当のスタッフと、再度相談した結果。
仁義なき戦いの担当スタッフは、本来は大友勝利役を、演じて貰うはずだった千葉真一(サニー千葉)さんと協議して、役柄を交換する等、関係者で何とか協議がまとまって、撮影に臨むのが出来た…」と言うのは、ご存知の人はご存知と、思います。


その千葉真一さんは、ある仁義なき戦いの関連本で、自分から見た、出演時の逸話として。

「当時、僕は今迄に演じたのとは、全く違う設定の人物の山中役で、出演する事になり、脚本だけで無くて、モデルになった人の資料を、取り寄せてから、徹底的に調べて、撮影に臨む直前、だったんです。
そしたら、担当のスタッフから「すまないが、千葉さんが演じる人物役だけど、大友勝利役へ、変わってくれないか?」って、打診受けたんです。
それで、僕は「少し、考えさせてくれないか?」と、返事し少し検討して、結局「大友勝利役へ、役柄の交換は認める」と、返事して、改めて取り寄せて貰った、大友勝利のモデルの人の資料を見て、徹底的に調べてから、撮影に臨みました。
後で、聞いた話ですが、僕の役柄交換の話で、仁義なき戦い側の担当スタッフ中心に、東映側の関係者で結構揉めたと、聞いてますよ」的な内容で、担当記者の取材に対して、回答してました。

その逸話を、調べた限り。

「北大路欣也さんは、映画「旗本退屈男」シリーズで、主人公役で有名である、市川右太衛門さん(故人)の息子さんだから、東映の関係者で、相談あった時に揉めるのは、納得するわ」と、私も思います。


そこで、プロフィールメインで、質問したいのは…?

「仁義なき戦いシリーズの2回目。
北大路欣也さんだと、「元々、市川右太衛門さんの息子さんなので、時代劇が比較的強い人」と、なる。
千葉真一さんだと、仁義なき戦いに出演する迄は、主にどんな俳優さん、だったのか?」に、なります。

この質問は、活躍中のチエリアン・専門家に回答をリクエストしました。

閲覧数:
67
回答数:
1
お礼:
100枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

gar********さん

2019/5/2923:23:39

北大路欣也さんは少年時代から東映時代劇に出演していましたし、ライバルの松方弘樹さんと共に昭和35年頃から東映城のプリンス、東映城の暴れん坊と言うキャッチフレーズで売り出されました。当時のランクとしては若手ではトップの扱いで、里見浩太朗さんや山城新伍さんより上位のランクでした。千葉さんは時代劇とは縁のない東京撮影所所属でしたから北大路さんとは接点はありませんでしたが、昭和38年の「海軍」で初共演しました。当初は主役の北大路さんは反戦思想の病身の画家と言う設定でしたが、脚本を読んだ欣也さんが、千葉さんの役だった青年将校役を気に入り、役の交代を申し入れました。当時の東映でのランクから言えば正に月とスッポンですから、千葉さんは黙って従う他ありませんでした。しかし運命の皮肉は10年後にまた再燃した訳です。しかし今度は千葉さんも黙ってはいません。昭和48年当時、欣也さんは東映の専属ではなく、言わば外様の俳優。対して千葉さんは東映一筋でキイハンターで人気が沸騰し、主演映画も数多く撮り、鶴田、高倉、文太に次ぐ男優として4番目にランクされている実力者。東映の幹部もその当たりはよく心得ていましたから、今度は頭ごなしに役の交代を強制できません。俳優としてプライドがありますから、役の交代は簡単にはいきませんからプロデューサー始め関係者は頭を抱えたはずです。しかし欣也さんと千葉さんの両方の顔を立てるヒントをくれたのは千葉さんの師匠の深作欣二監督(^^)千葉さんがアクション映画から離れてオールスター映画の主役を張ったのが昭和44年の「日本暗殺秘録」この映画で千葉さんはテロリストの役を演じ京都市民映画祭で主演男優賞を獲得する熱演を披露しました。深作欣二監督曰く「千葉ちゃん、山中の役は以前にやった小沼正に似てるな。けど大友は暴力一筋の破天荒な男、今までやった事のない役も面白いかも」散々悩んでいた千葉さんも、役の交代をスンナリ了承(^^)これで内心ほくそ笑んだのは深作欣二監督であった事は後年明らかになっています。そしてもう一つ頭を痛めたのが名前の序列。トップは文太さんで本来なら留めの最後は千葉さんですが、ポスターでは菅原、千葉、梶芽衣子と来てラストは欣也さんでした。その代わりにポスターでの写真配置は千葉さんが最上位でうまくバランスを取っていました。何かとお騒がせの広島死闘編でしたが、広島戦争の番外編として今でも高い評価を受けています。

  • 質問者

    shj********さん

    2019/5/3017:21:40

    回答ありがとうございます!
    もうちょっと詳しく教えてください

    北大路欣也さんは「松方弘樹さん(故人)とは、東映城のプリンスなり、東映城の暴れん坊と呼ばれていて、当時のランクでは、若手としては、山城新伍さん(故人)や里見浩太朗さんより、トップクラスだった」は、分かりました。


    それで「仁義なき戦いより前に、制作された海軍系の映画で、同じ様な事態で、役柄交換の話が出たので、この時は「市川右太衛門さんの息子さんと、言う事もあるけれど、当時のランクでは、トップクラスの若手の俳優さん」とあって、千葉真一さんは、役柄交換に従わざるを得なかった」と、言う事でしょうか?

  • その他の返信を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2019/6/4 19:36:58

又、質問した時は、よろしくお願い致します…。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo!知恵袋カテゴリ

一覧を見る

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる