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203高地での戦闘などで榴弾砲が使用されたと記録されていますが28サンチ砲の榴弾と...

栃ノ嵐さん

2019/5/2617:50:52

203高地での戦闘などで榴弾砲が使用されたと記録されていますが28サンチ砲の榴弾とは
漫画に出て来るような丸い弾丸に導火線が付いたようなものだったのですか。

写真で見る28サンチ砲はずんぐりした砲身が極端に短いものでドングリ型の砲弾ではないと思います。

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ipp********さん

2019/5/2621:20:47

こちらの28センチ砲の図は陸軍が制式化した際の文書に載っている公式なもので、装填用のクレーンで釣り上げた砲弾も一緒に描いてあります。
http://yhonma.world.coocan.jp/28cm.files/image005.jpg

旅順で28センチ砲が使用したのは榴弾ではなくて堅鉄弾という旧式な徹甲弾の一種です。形状は上の図にあるとおりのドングリ型で、貫通力重視なので弾の先端ではなく底部に延期信管(着弾から一瞬遅れて起爆することで貫通後に内部で爆発させるための信管)があります。幕末の時点でドングリ型の砲弾を使う四斤山砲などの施条砲がかなり普及してましたから明治期の日本軍では丸い弾を撃つ砲などまったく使われなくなってます。なんで榴弾砲なのに旅順で使った弾が榴弾じゃないかっていうと、元々28センチ砲は海岸防備用で敵の軍艦の甲板を堅鉄弾で撃ち抜いて沈めるために採用されたので、名前は榴弾砲ですが使用する弾として榴弾は用意されてなかったんです(日露戦争当時)。カノン砲の水平射撃で敵艦の舷側装甲を撃ち抜こうとしても角度によっては弾かれる、曲射の出来る榴弾砲で甲板を撃ち抜く方が効果的だし物陰から撃てるので反撃もされにくい、砲身が短い榴弾砲のが国産化の難易度も低い、といった意見が通って榴弾砲が海岸砲として採用されました。要塞の防護施設を破壊するのにも貫通力が必要ですから堅鉄弾があるのはちょうどよかったんですが、203高地で素掘りの塹壕線や散開した兵士などを狙う際には徹甲弾タイプの堅鉄弾は不向きでした。旅順港内の軍艦に対する砲撃も行われてますが、堅鉄弾は当時すでに旧式化していてロシア戦艦の多層の甲板を貫通しきれなかったため28センチ砲の砲撃だけで沈んだ艦は一隻だけだったようです(ほかの艦は損傷を受けつつ自沈)。貫通力の足りない堅鉄弾はもう徹甲弾としては使えないってことで日露戦争の後になると榴弾の代用品もしくは訓練用という扱いに変わってます。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

わっかさん

2019/5/2618:37:42

28センチ榴弾砲の砲弾は椎の実型です。つまり今も用いられている型の砲弾です。

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