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先日はありがとうございました。 後漢時代にお詳しそうですのでお尋ねいたします...

shi********さん

2019/6/816:48:57

先日はありがとうございました。
後漢時代にお詳しそうですのでお尋ねいたします。

後漢時代の戦時の装いについてです。 北方など寒い地域に戦いに赴いたりした際には、寒 さ対策に鎧の上か

ら毛皮のようなものを羽織ったりして いたのでしょうか?
また、後漢の頃に鎧というか甲冑を獣毛や鳥の羽などで飾り、見た目を豪華にしていたということはありましたでしょうか?

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ste********さん

2019/6/820:28:10

リクエストありがとうございます。
しかし、私も専門家ではないため、たいして詳しくは
ありません。

>寒 さ対策に鎧の上から毛皮のようなものを羽織ったりして いたのでしょうか?

これは正直なところ、分かりません。
防寒具が必要だったことは間違いないでしょう。
後漢末期から三国時代ごろは、間違いなく地球レベルで寒冷化していた
時代であるため、かなり寒かったはずです。
しかし、鎧の上に外套などを羽織っていたというような記録は
特に見当たりませんでした。
(軽く調べただけなので、探せば見つかるかもしれません。)

モンゴル高原の遊牧民たちの服装は、しっかりと防寒対策が
為されていると思いますから、漢人でも軍装の場合はそれに近いものが
あったかもしれません。

『三国志』三少帝紀に肅慎國が貢物をしてきたという記録があります。
その中に、【皮骨鐵雜鎧二十領】というものが出てきます。

「雜」は、まぜて寄せ集めるという意味ですので、
皮+骨+鉄を組み合わせた鎧を20領ということのようです。
肅慎は、中国東北地方の異民族のことです。
かなり寒い地域に住んでいた人々ですから、彼らの鎧は
防御力だけでなく、防寒対策も備わっていたかもしれません。

この時、同時に【貂皮四百枚】も貢物として納めています。
貂(テン)の毛皮といえば、最高級品です。
貂皮が鎧にも使用されていたかどうかは不明ですが、
鎧だけでも、そこそこ暖かかったのではないかと思います。

といっても、毛皮のような動物由来や植物由来の物は
遺物として残らないため、考古学的にもよく分からなかったり
するものです。


>鎧というか甲冑を獣毛や鳥の羽などで飾り

前13世紀(殷代)の冑には、頭上に羽か何かを立てる
ための筒があるものが、発掘されているそうです。
要するに、殷の時代から冑を飾るということが行われていたそうです。

「冑」という文字は、甲骨文字の段階では、頭頂部の羽根飾りが
描かれていたそうです。
今の「冑」にも、その名残があります。(上の突き出たところ)

  • 質問者

    shi********さん

    2019/6/821:55:13

    早速のご回答ありがとうございます。

    【寒さ対策】
    こちらについては不明なのですね。
    確かに、残されている実物や文献等の記録がないと分からないですよね…

    【飾りについて】
    頭を守る、冑については飾っていたとのことですね。文字の上に突き出た部分、と教えていただき、なるほど…と思いました。
    一方、身体を守る鎧のほうはどうでしょう?鎧も獣毛や鳥の羽で飾っていたのでしょうか?

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質問した人からのコメント

2019/6/10 23:22:23

鎧については、大将クラスも兵卒クラスもあまり見た目に違いは無かったのですね。
冑のご説明は、本当になるほどと思いました。
今回もありがとうございました。

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