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疾風戦闘機は有名ですか?

tou********さん

2019/6/1013:08:36

疾風戦闘機は有名ですか?

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jis********さん

2019/6/1412:12:38

他の日本戦闘機と同様に、同じ条件で「疾風」の詳細な性能テストと空戦演習を米国本土で実施したのに、なぜ米航空博物館は「国立・民間」共に、四式戦「疾風」を1機も保存・展示しなかったのか?
航空史に特筆すべき機体なら、「零戦や紫電改」の様に保存・展示したはず。

一撃離脱なら米軍機の十八番で、追尾され振り切る格闘性能が無ければ、空戦演習で米戦闘機に勝てない。二式戦「鍾馗」も同じ。
四式戦【” 疾風 ”】中島飛行機。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%BC%8F%E6%88%A6%E9%97%98%... ※ 3.500機生産されたが、稼働率が低く、同じエンジンで生産機数が僅か400機の【紫電改】に比べて目立った戦果がなく、影が薄い。近藤芳夫(疾風開発者)は、「疾風は一撃離脱のキ44(鐘馗)が原点。紫電改は空中格闘戦に拘っていた」と述べている。
一撃離脱に特化した【疾風】と、自動空戦フラップで格闘戦も、一撃離脱も「甲乙戦」両方ともに戦えた【紫電改】。

米国政府は、性能テスト後に廃棄処分し、1機だけ残った唯一の
四式戦【”疾風”】を↓民間へ払い下げてしまった。

現存する疾風(知覧特攻平和会館で展示)は1機のみで、その唯一の「疾風」は、アメリカ本土で性能テストされた後、戦後アメリカの私設航空博物館(プレーンズ・オブ・フェイム航空博物館)に払下げられた機体。その後、栃木県宇都宮市の日本人実業家(元海軍下士官で戦闘機操縦員)に買い取られ、1973年(昭和48年)に日本へ移送され、現在に至る。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%BC%8F%E6%88%A6%E9%97%98%...
※ 払い下げでも、現存機が1機のみでも、残ってるだけまだまし。
二式戦「鍾馗」に至っては、全て廃棄され、現存機など影も形も無い。

(上)テスト中と↓(下)着陸で主脚にトラブルか? 大破した【”疾風”】
https://ww2aircraft.net/forum/threads/looking-for.6592/

他の日本戦闘機と同様に、同じ条件で「疾風」の詳細な性能テストと空戦演習を米国本土で実施したのに、なぜ米航空博物館は...

  • jis********さん

    2019/6/1412:13:11

    米国立航空博物館も米私設航空博物館も【”疾風”】を、
    1機も保存していないが、【”紫電改”】は
    3ヶ所の米国立航空博物館で↓3機も保存展示している。

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iji********さん

2019/6/1511:05:39

疾風戦闘機とはいいません、四式戦闘機疾風です。

有名かどうかは人種によります。第二次世界大戦の戦闘機に詳しい人は国籍を問わず、知らない人はいません。もっともそういう人種は余程マイナーな戦闘機以外はどこの国のどの戦闘機も知っていますけど・・・

日本の戦闘機で一番知られているのは零戦です。これは一般人にも良く知られています。アメリカではゼロ ファイターの名で呼ばれます。
戦後日本はF-2戦闘機を米国GE社と共同開発したのですが、日本側の要求仕様のあまりの高さにGE社のエンジニアは呟いたそうです「ゼロだ。日本はゼロを作ろうとしている・・・」と。

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おぢさん

2019/6/1511:02:42

ゼロ戦ほど有名じゃないですね。
疾風を知っている人はマニアまで行かなくても飛行機には詳しい人だと思います。

mer********さん

2019/6/1510:47:02

一般的ではありません。というか日本人でも「零戦(ゼロ戦)」以外の戦闘機はほとんどの人は知らないでしょう。
「疾風」を知ってる人は「隼」や「紫電改」も大抵しており彼らはマニアです。
逆に「疾風」を知らん人は「隼」も「紫電改」も知らないでしょう。
(「隼」?スズキのバイク?、「紫電改」?育毛剤?程度かも。)

アメリカでも「ゼロファイター」以外を知る人は日本機マニアぐらいでしょう。
アメリカの映画で「ゼロセン、ナカジマ!」(太陽の帝国より)など「ゼロ」の名前が出る台詞は聞きますが、「フランクに背後を取られた!」とか「気をつけろ!ジョージだ!」とか聞かない。

結局ほとんどの人は、プロペラと日の丸が付いている飛行機はみんな「零戦」と勘違いしているんです。


あと残っている機数が多い「紫電改」が有名とか名機と言ってるのが流行りなのかわかりませんが、戦後は技術的価値が少ない日本機はテスト終了後、ほとんどが破棄されます。

知名度が高く技術的価値の高いドイツ機は多くの戦闘機が残されます。メッサーシュミットやフォッケウルフ、世界初のジェット戦闘機Me262なんかは、日本機と比べられないほど世界中に残されています。
(でも生産数が少ないとはいえ名機Ta152は、1機しか残っていない。)

それのドイツ機比べれば、日本機が数機程度残っているのは「誤差」の範囲で、時期、場所、そして運とタイミングで決まります。つまり優秀機の基準になるとは思えないですね。
例外は、やはり知名度が高く生産数多い「零戦」が多くの残りました。

fou********さん

2019/6/1406:56:22

アメリカでは 全く知られていません。
よってコレクションに加えようと思ったコレクターが少なかったのだと思います。
活躍がほぼ中国戦線で フィリピンで200戦隊が使いましたが、ほぼ戦果を挙げていないので、米軍側でも新手の新鋭機に苦戦したと言う記録が無いからだと思います。
戦後のアメリカ軍の技術調査でも突出した技術が無かったので、測定しただけだった様です。
紫電改は独自の空戦フラップがありましたし、実戦でも苦戦させられたので、こちらの方が興味があったのだと思います。
不思議な事に 強風は戦果を殆ど挙げていないのに 複数機が博物館に残っています。
専用の水上戦闘機と言う 特殊性が目を引いたのかも知れません。

2019/6/1323:46:22

「迷機」だったんじゃねぇ~か?
期待はされまくったが、量産(あの時期の日本としては
驚異なのかもしれんが)するごとに怪しくなっていった感。

良い燃料があれば、良い整備体制が…そもそもいい量産体制が
あれば…泣き言でしかなく、実情に合わない戦闘機だったという
悪評もある。

飛ばない疾風より飛べる隼の方がマシ…何てハナシもあったらしい
(もっとも、武装非力な隼が戦争後半活躍出来る余地はほぼ(ノω;))。

誰が呼んだか「大東亜決戦機」。
だから負けたんだ…とまでは言わんが、ザンネンな事に
当時の実情に合わないシロモノだった。
机上スペックだけならマスタングに負けない…机上なハナシを
しても、仮想だか妄想で戦っていた陸軍には相応しい何て
皮肉な気持ちも出ては来る。
それでも、戦車よりはマシ…なのだが(´Д`)ハァ…。

しょっぽクン

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