ここから本文です

サイパン島守備隊長は海軍の南雲忠一中将だったらしいですが、 なぜ海軍が守備隊...

kat********さん

2019/6/1409:37:29

サイパン島守備隊長は海軍の南雲忠一中将だったらしいですが、
なぜ海軍が守備隊を指揮していたのですか?
当時、陸軍中将もサイパン島にいたと聞きますが・・・?

閲覧数:
126
回答数:
4

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

iik********さん

2019/6/1504:44:55

第一次大戦の結果、日本の委任統治領になった「南洋諸島」は「内南洋」と呼ばれ、元々「海軍」が担当していた地域なんです。

ちなみに、確かに「太平洋戦争」は「海軍の戦争」でしたが、「フィリピン攻略戦」は海軍の協力で陸軍が担当しているし、南洋諸島のうち「グァム島」だけはアメリカの管理でしたから、そういうところは陸軍も出ている訳です。

それで、昭和19年当初の段階では、戦前からの計画通り、「第4艦隊」が島嶼防衛を担当していたんですが、この段階で戦力は軽巡3、航空戦隊1、根拠地隊(陸戦隊)4にまで減少していました。

そうした中、2月にはマーシャルが失陥、この地域の防衛を強化する必要が生じたので、3月に新たに結成されたのが「中部太平洋方面艦隊」だったんです。
この艦隊は、「第4艦隊」に新編の「第14航空艦隊」を追加していたんですが、それ以上に画期的だったのが、お話にある「陸軍第31軍」を指揮下に置いたことです。

この「陸軍部隊が海軍の指揮を受ける」ことは大本営での陸海軍協定で決められたことで、この時期の日本軍の改革の凄さ、柔軟さを表しています。
どうも、日本軍の検証はまだまだほとんどされていませんが、この後の「硫黄島」では、陸海軍の垣根を取っ払った「大本営直轄部隊」として「小笠原兵団」が編成されていますが、「サイパン島」、というか「中部太平洋方面艦隊」はその準備ケースと言えるでしょう。

「陸軍第31軍」は満州の第29師団を基幹として、指揮官は「小畑英良中将」が務めていました。
彼は陸士23期で、海兵38期相当だったので、方面艦隊司令長官には2期先任の海兵36期、第一艦隊の解隊で体の空いた「南雲忠一中将」が選ばれたんです。

まあ、実際には、その後の「トラック島」潰滅に続く「パラオ」への空襲、海軍乙事件、「あ」号作戦の惨敗、さらに「サイパン戦」は小畑中将のパラオ出張中に始まり、中将はグァム島防衛線の指揮を執り、そこで戦死しています。

ちなみに、「方面艦隊」司令部の玉砕後、31軍司令部とグアム在住の海軍部隊との指揮系統がどうなったか興味がありますが、今の私でははっきりわかりません。

ともかく、この辺の日本軍の改革は、ちょっと自信がないとなかなかビックリするような信じられないような内容なので、自分で調べて確認していくと面白いと思います。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

「南雲忠一」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ths********さん

2019/6/1420:16:56

いや守備隊は陸軍が中心で守備を指揮していたのは第31軍参謀長井桁敬治少将(本来ならマリアナ方面防衛を担当する第31軍司令官は小畑英良中将だが米軍上陸時にパラオ方面に視察のため出張していて帰任不可能な状況だったので留守を預かっていた参謀長が軍の指揮を代行した)で、実戦指揮は同島防衛を担当していた斎藤義次第43師団長です

南雲は海軍側のマリアナ方面を管轄に持つ中部太平洋方面艦隊司令長官で、司令部をサイパンに置いていたので必然的に上陸防衛戦の海軍側の指揮をとりましたが、守備の中核は陸軍であり、海軍軍人の南雲が守備隊長であるという事はありません

ポアロさん

2019/6/1411:29:07

陸軍が満洲に権益をもっていたのと同じ様に、戦前の南洋諸島地域は海軍の権益だったのです。陸軍が全く口だし出来ない代わりに、防衛も海軍がやらねばならない決まりであったんです。(小笠原諸島までは陸軍の管轄です。)
ですから太平洋の各諸島に海軍の陸戦隊がおかれました。最初の玉砕の場所であるマキン・タラワを守っていたのも海軍陸戦隊で陸軍はいません。

太平洋戦争の開戦にあたりグァム島の攻略に、さすがに海軍だけではきついであろうと陸軍の一個連隊が投入されるのですが、このたった一個連隊が南洋諸島に置かれるだけで海軍部内では賛成反対のすったもんだがありました。

後のガダルカナル島戦から陸軍の本格介入がはじまり、以後陸軍が防衛の主役となって以降は皆さんもご存知の戦史の展開となります。

しかし権益とメンツを手放した訳ではない海軍は、海軍防衛総司令部の旗をどこかに立てておかなくてはなりません。最初はトラック島であったのですが、この島が米軍勢力の中に取り残されてしまったので、絶対国防圏の中核であるサイパンが海軍の拠点となり、南雲が中部太平洋方面部隊の司令官兼艦隊指揮官として着任したという事です。本来は海軍が守るべき島であり、陸軍はお手伝いの形が正しいのですが兵力的に主客逆転している訳です。


以上のことから、驚くべき事が分かります。つまり基本戦略として、アメリカ相手の戦争は当初海軍だけで担当する予定であったという事です。
陸軍軍人の発言で「あれは海軍さんの戦争だから」という言葉が出てきて、私も首をひねっていたものですが。こういう棲み分けがあったのです。
いやあ、アメリカも随分となめられた物と言うか、そりゃ負ける訳です。

zez********さん

2019/6/1410:06:06

そもそも海軍と陸軍は別の役所だということを忘れていませんか。

サイパン島は海軍にとって重要な拠点であり、いくつかの艦隊・戦隊の司令部が常駐しています。そのサイパンの「海軍側のトップ」が中部太平洋方面艦隊司令の南雲中将です。その指揮下には「海軍の基地を警備するための」陸戦部隊がありますから、南雲はそうした陸戦部隊「も」指揮しています。

日本側からみて「絶対国防圏」の一角であるサイパンの攻略を米軍が目指していることは既に戦局からみて明らかになっており、陸軍も当然それを妨害すべく陸軍部隊を送り込んでいます。サイパン島の防衛を担当することになったのが第43師団で、指揮官は斎藤義次中将。マリアナ諸島全体の防衛を任務とした第31軍の一部隊ですが、第31軍は司令部こそサイパンにあったものの軍司令官が他島への出張中にサイパンの戦いが起きてしまったことから、第31軍司令官代理を第31軍参謀長の井桁敬治少将が務め、その指揮下で斎藤中将率いる第43師団が戦うという構図となりました。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

別のキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる