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キングダムの時代の秦や魏、楚などの国の人々は違う国同士で言葉は通じたのでしょ...

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ID非公開さん

2019/7/513:37:26

キングダムの時代の秦や魏、楚などの国の人々は違う国同士で言葉は通じたのでしょうか??

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elx********さん

2019/7/514:13:28

書(書経)や詩(詩経)が雅言で伝承されていたと論語で言われているように、元々周の支配域だった中原地方では雅言と呼ばれる一種の共通語が使われ、これが各国に広まっていきました。

ただし雅言を使いこなすのは文字を理解できるようなエリート層なので、当時の識字率からすると使用者の絶対数はかなり少なく、大多数の一般民はその土地の方言を使用していたと思われます。

とはいえ当時の交通はそこまで便利ではなく、諸子百家のように各国を遊説したり弟子に学問を教えたりする場合や、外交で国と国を往来するような者を除けば、他国の人間と意思の疎通が必要になる機会自体ほとんど無かったのではないかと。

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wos********さん

2019/7/516:48:32

言葉のみならず、文字も違っていたので、他国の人と意思疎通を図ることは難しかったようです。
しかし、知識人は、周の言葉のような共通語みたいなものを学んでいて、それで、他国に行っても意思疎通を図ることができたとのことです。

秦王政が趙から秦に来た時は、言葉の違いに苦労したことでしょう。文字も違いますし。それで成きょうに馬鹿にされたかも。

三晋(趙魏韓)内では、言葉が近かったかもしれません。もともとは同じ国でしたから。

始皇帝が中国を統一した時、文字は統一しましたが、話し言葉は統一しませんでした。漢になっても、言葉の違いは残っていて、地方地方で言葉が通じなかったそうです。役人や知識人は共通語を覚えたようです。
今でも、広東語と北京語では意味が通じないようです。(広東語話者は、北京語が多少分かる可能性はありますが、逆はないです。)

pqe********さん

2019/7/514:01:55

立地上、秦と楚は訛りがキツかったと思われます。

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kbs********さん

2019/7/513:51:06

せいぜい方言の違いくらい。
古代中国における『周』王朝が東西に分裂。
東周は200以上の小国と、晋・斉・秦・楚・宋・鄭・衛・魯・燕・曹・陳・蔡の12の諸侯による国家に分かれる。
この中から500年かけて「戦国の七雄」と呼ばれる国家に集約して行く。

西周は秦に滅ぼされた。

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cra********さん

2019/7/513:50:29

今のヨーロッパみたいな感じでそれぞれ違うけど方言程度の違いでそのまま通じるところもあれば全然違うんで通じないというところもあったでしょう。

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